西の空が茜色に染まる頃。


普段通り朝霧が家へと帰り着くと、玄関ドアを開けたと同時に中から突然大きな声が掛かった。


「坊ちゃまーーーーッ!」

もの凄い剣幕で奥から飛び出して来た千代に、流石の朝霧も驚きの表情を見せている。

「千代さん…落ち着いて。いったい何があったんです?」

すると千代の口からは、せきを切ったように次々と言葉が溢れ出てきた。

「ああぁ…大変なんですよ、坊ちゃまっ!お預かりしていたあの猫ちゃんがいなくなってしまったんですよっ!私がお掃除をしようとお部屋へ入りましたところ、猫ちゃんの姿が見つからなくて。よくよく調べましたら僅かにバルコニー側の窓が開いていたんですよっ。きっとそこから外へ出て行ってしまったのですわっ。ああ、あんなに小さな猫ちゃんが一人でお外へなんか出たら、いったいどれ程の危険があるか…。もう、それを考えただけで気が気ではなくてっ…」

あたふたとして泣きそうになっている千代を前に、朝霧は「ああ…」と小さく頷いた。

「ごめん、千代さん。大丈夫だよ。そいつなら無事だ」

落ち着き払った朝霧の様子に、千代は怪訝そうにその表情を見上げた。

だが次の瞬間、しわしわの瞼を大きく開くと、その表情は驚きのものへと変わっていく。


朝霧がトントン…と軽く制服の上着のポケットをつつくと、それを合図のように中からひょっこりと子猫が顔を出したのだ。