「おい。何か忘れていないか?」


すっかり日も暮れて暗くなった窓の外に気付き、慌てて帰り支度を始めた実琴に朝霧が後ろから声を掛けてくる。


思わぬトラブルに見舞われながらも、とりあえず再び元に戻れた喜びと安堵感。そして協力してくれた朝霧への感謝の気持ちは勿論大いにあって、元に戻った瞬間、実琴は我を忘れて傍についてくれていた朝霧に抱きついて涙を零した。

だが、気持ちが徐々に落ち着いてくると、そんな状況に恥ずかしさが込み上げてきて、慌てて誤魔化すように立ち上がり帰り支度を始めたのだ。


実際、すっかり長居してしまった感は否めない。

そろそろ朝霧家は夕食の時刻になる。数日間とはいえ子猫としてお世話になった身として、それ位は熟知している。

こんな時間までお邪魔してしまっては支度をしている千代にも迷惑を掛けてしまうだろう。

…そう思ってのことだったのだが。


「忘れもの…?」


思わず足を止めて振り返ると、朝霧はどこか不服そうな顔をしていた。

「…朝霧?」

何か怒らせるようなことをしてしまったんだろうか。

確かに沢山迷惑を掛けてしまっている自覚はあるけれど。


朝霧は呆れたように大きく溜息を吐くと、組んでいた腕を解き、ゆっくりとこちらに近付いて来た。

特別怒っている様子ではないようだが、朝霧は整った綺麗な顔をしている分、真顔でさえどこか怖い印象がある。

実琴は、そんな目の前の顔を呆然と見上げながら朝霧の次の行動を待った。