「…そうか。じゃあ、辻原は…」

『ああ、今は薬で眠っているらしい。その間に、もう一度様々な検査をしてみるそうだよ。正直、担当の医師たちも今回のことは予想外のことで驚いていたみたいだね』

「ふぅん…」


電話越しに聞こえてくる父親の言葉に耳を傾けながら、朝霧は病院での出来事を思い返していた。

普段は静かな病棟内で突然起こった騒動に、何事かと足を止めたその時。

よろめきながら出てきたのは他でもない、辻原本人だった。

ずっと眠っていたからか、覚束(おぼつか)ない足取りで。殆ど立ち上がれないような状態であったのに何故だか彼女は目を覚ましたと同時にベッドから飛び起きると、家族の静止を振り切って暴れ、病室から抜け出したのだそうだ。

丁度、辻原の病室へと向かっていた俺は、飛び出してきた辻原と正面で対峙する形になった。


「…辻原?」


立ち尽くす俺と辻原の目が合った。…と思ったのだが、彼女は俺のことが分からない様子だった。

言葉にならない声を上げると、看護師たちに囲まれて強制的に動きを封じられて病室へと連れ戻されていった。

その光景はあまりに衝撃的で。

俺は、暫くその場に立ち尽くしていた。


「いわゆる記憶障害…みたいなものなのか?」

『んー、まだ何とも言えないけどね。少しだけ混乱してて興奮状態なだけだったのかも知れないし…。ただ言葉がね、出て来ないのは少し心配だよね』

「そう、だよな…」