渉さんのマンションに越してからあっという間に一ヵ月を過ぎ。
 バレンタインデーを間近に、スィーツ店を初め、あちらこちらでハート模様が目に留まる。ピンクと赤。甘い色が街中に散りばめられている。

 先月の飲み会で牧野君の片恋を知った果歩ちゃんは、バレンタインを盾にして他人事に躍起になっていた。

「牧野さんっ、絶対、告るべきですって!」

「・・・・・・・・・」

 近頃はリアクションすらしない彼。

「だって、他のひとに奪られちゃってもいーんですかぁ」

 お客さんが途切れて、広くもない店頭に3人。
 牧野君は脚立を使って天井にモールを吊り下げている作業中だった。それを手伝う果歩ちゃんが、下から小型ミサイル的にお節介を連射しているという図。

 わたしはレジの近くで商品を陳列しながら正直、頭を抱えたい心境だった。
 本来なら。もうその辺で止めてあげて? 牧野君困ってるよ、果歩ちゃん! ・・・て、間に入るのが役目なのだ。
 今すぐにでも言ってあげたい。けれど、困ってるよって。牧野君からしたら、わたしが困ってるよ、に聴こえるはずで。・・・言うに言えない。
 葛藤の末、腹を括って。
 
「果歩・・・」
「田村さん」

 牧野君の声が被って、多分彼女にはわたしの声が届かなかった。

「・・・いい加減にしなよ。田村さんには関係ない」

 怖いくらいの真顔でピシャリと言い切られ。果歩ちゃんもきまり悪そうに「ごめんなさーい」と口をつぐんだ。 

 運良くお昼休憩の時間になり、果歩ちゃんを一番先に休憩に回す。彼女のことだから食べて戻った時には、けろっとしているだろう。
 牧野君は黙々と作業に戻っていた。彼にしては珍しくきつい言い方だった。少し気になってそっと見やる。と。 目が合った。
 思わず。息をするのを忘れかけた。