三元日が明けてから、牧野君に『この間の返事をしたい』とラインを入れ街中のカフェで午後2時に待ち合わせをすることにした。

 カウンターオーダー式のカフェはお正月休み中という事もあって、ほぼ満席状態だった。仕方なく外のテラス席で向かい合って座る。プライベートで会うのは初めてで違和感というか、ひどく落ち着かない心持ちがしてしまう。陽射しがあって風が無い分、コートを着ていればそれほど寒くも無かった。
 
「あの牧野君、この間のことなんだけど・・・」

 カフェラテに口も付けないままで、わたしから切り出す。
 アイスコーヒーをオーダーした彼はストローを口にしながら、普段と変わらない様子で黒縁の伊達メガネの奥から視線を傾けた。

「・・・ごめんなさい。好きなひとが居るの・・・。だからお付き合いは出来なくて・・・・・・ごめんなさい」

 弟のような、とか、友達としては、とか言い訳めいた事を並べ立てても意味は無い。在りのままを伝えるだけだと思った。

「あの人っスか」

 牧野君は抑揚の無い、いつもの口調で言った。

「・・・うん」

「でもヤクザっすよね」

 その響きに冷たい侮蔑が滲んで聴こえる。
 わたしはイエスともノーとも答えなかった。

「何でそんなのが好きなんスか」

 そんなの。と云われた時。沸き上がった、怒りにも似た口惜しさ。

「悪いですけど、誰がどう見てもオカシイの織江さんだよ? 普通、選ばないっスよ。・・・何か弱みとか握られてんスか」

「・・・・・・違うわ」

「もっとマシなヤツなら諦める気にもなるっスけどね、・・・全然無理っス」

「・・・牧野君が彼をどう評価しても、わたしは変わらないわ。ごめんなさい」 

 感情も込めず、ただきっぱりとそれだけを云う。
 他人に自分の恋愛を祝福されたい願望は、これっぽちも持っていない。だから理解されたい訳じゃない。何を云われても揺らがない。

「いつから好きなんスか」

「いつって・・・。牧野君には関係ないでしょう」

「俺は4年っス。・・・織江さんが俺のこと何とも思ってないの知ってるんで、彼氏出来たらしょうがないってずっと思ってた。織江さんが幸せならいいんで俺は。けど」

 わたしを見据える牧野君の顔は真剣そのものだった。・・・息を呑んだ程。

「どうやったってヤクザと幸せになんかなれない。見た感じ、幹部っスよね。何かやらかせばすぐ犯罪者だよ。刑務所から出てくんの、独りでひたすら待つんスか? 自分の人生台無しじゃないスか。・・・織江さんは、大事な誰かがそんな人生送るの、笑って応援できるんスか?」


 彼は正論を云っている。それは痛いほど伝わって。
 返す言葉を飲み込むしか無かった。