『ふぅ…
久しぶりに、まともな食事がとれましたね』

ミゼリアは口許をナプキンで拭きながら満足げに微笑んだ。
やっとのことソルトナにたどり着いた私たちは、真っ先にこの村にある唯一の酒場に駆け込み、手当たり次第注文した料理をあっという間にたいらげたのだ(主にミゼリアが)。


『うー…もうお腹一杯だよー』

少し食べ過ぎた私は椅子の背もたれに体を預けながらそう声を漏らすと、テーブルに突っ伏しているトキユメへと目をやった。
彼女は料理には目もくれずビールやワインを浴びるように飲んだ後、旅の疲れもあってか直ぐに眠りについた。

『久しぶりのお酒でしたもんね』

ミゼリアは目を細めて、トキユメの頭をそっと撫でる。
私たち三人の中で見た目は一番可愛らしいミゼリアだが、こういうところは一番大人っぽい。

『ホント、ここに着くまでは機嫌悪かったくせに、もう幸せそうな顔しちゃって。
酒があれば都って言うだけあるわ』

トキユメの寝顔に、私まで眠たくなってきそうだ。

『それにしても…やはり他の卒業生たちは皆、大都市であるカイリラの方へと向かったようですね』

寂れて古臭い店内を見渡しながらミゼリアが呟く。
確かに、私たち以外の客といえば、カウンター席に座っている二人のお爺さんくらいだ。

『ん…んー…便所…』

突然、ムクリと顔を上げたトキユメが声を発した。

『あ、起きた。
トイレはカウンターの横だよ』

私が指を差す間もなくトキユメは立ち上がるとフラフラと歩き出した。

『待て待てぇえーーー!!
ちょっとトキユメ、どこ行くのよ!』

何故か店の出入口の方へと向かって行くトキユメを私は慌てて追いかけた。

『んあ…?どこってお前…あそこだよ、
何かほら、宇宙的な……便所に…』

いや、全く分からん。宇宙的な便所って何だよ!


『とにかく外はダメ!
アンタ、女を捨てる気!?』

そう引き止めようとする私を、トキユメは構わず引きずるようにして店の外まで連れ出した。
すると、そこで立ち止まったトキユメは、私の方へ振り返ると心地良さそうな表情で呟く。

『あ、宇宙的な便所発見』

ぶっ飛ばすぞ、誰が宇宙的な便所だ。

そんな感じで私が、トキユメを店内へ連れ戻そうと四苦八苦していると、けたたましい蹄の音と地を走る車輪の音が向こうの方から近づいて来た。

そして、立ち尽くしている私たちの前に一台の馬車が止まった。

『げっ……まさかこの馬車って…』

私は、この豪華な装飾が施された悪趣味な馬車に見覚えがあった。

『ハーハッハッハ!』

馬車の扉が開くのと同時に聞こえてきた、この笑い声も私は知っている。

『久方ぶりだな愚民共よ!
相変わらず貧しくしているか?』

現れたのは、バルデ帝国皇王の三男坊であり、私たちと同じ大学の同じ魔王討伐科だったラファールだ。
まあ、大学時代から相も変わらずの偉そうの極み男だ。

『や、やあ…ラファール、貴方がソルトナに来るなんて意外だな…』

私はとりあえず愛想笑いを浮かべながら声をかける。

『よく分かっているじゃないかアーリッヒ!
僕ほど高貴な存在が、何故こんなチンケな村に現れたのか?
そう訊きたいのであろう!?』

いや、そこまでは思ってない。

『おーラファール。
お前、暫く見ない間に顔つき変わったな』

トキユメが馬車を引いてる馬の頭を撫でながら言う。

『おい!ふざけるな!
それは僕じゃないだろ!!』

ラファールが声を響かせていると、(金の匂いを嗅ぎ付けた)ミゼリアが店から出て来た。

『まあ!ラファール様!
こんな所でお会いできるなんて光栄ですわ!
是非これをお渡ししたいと思いまして…』

そう言って、ミゼリアは恥ずかしそうに俯きながら1枚の紙をラファールに手渡した。

『何だ?ファンレターか?
まあ、僕ほど容姿淡麗かつ高貴な男なんて滅多にいないから…どれどれ、ん……?
ステーキセット五人前にビールにワイン………ってこれ、店の伝票じゃないかぁあああ!!』

ラファールはミゼリアから貰った紙を地面に叩きつけた。

『貴様らぁ…よくも僕を愚弄したな!
後悔させてやる!おい、君たち出て来い!』

ラファールの呼び声と共に、馬車から二人の人物が姿を現した。