仕事が終わり、ロビーで待つ。
15分ぐらいして、先輩はやってきた。

「お待たせ、さ、行こう」

テンションの低い私とは打って変わって、先輩はニコニコと笑顔を浮かべていた。

そんなに私と飲みに行くのが楽しいのだろうか?
……その笑みの意味がよく分からない。

「ん?どうした?なんか元気ないけど」

「え?あ、別に何も……」

「そうか。ならいいけど」

そう会話を交わした後、私は先輩と並んで歩いた。


今日は珍しくいつもの居酒屋ではなく、少しお洒落なイタリアンのお店。
ワインが美味しいと評判のお店らしい。

店内は金曜日の夜なだけあって、多くの人で賑わっていた。


店員に案内され、ふたり用の小さなテーブルに向かい合わせで座る。
狭いだけあって、テーブルの下では先輩の足に自分の足が触れていた。

それにドキドキしてしまう私。

その胸の高鳴りは勘違いだって、分かっているのに。


「そうだ、酔う前にこれ」

お酒を頼み待つあいだ、先輩はそう言ってテーブルに紙を置いて、私の前に差し出す。

よく見るとそれは演奏会のチケット。
日時は再来週の日曜日になっている。

「定期演奏会?」

「そう。俺が所属している団の演奏会。俺出るから、もし良かったら聴きに来て欲しいなと思って」


演奏会か……。

そう言えば、いつからホールで聴いてないだろう。

聴衆にも伝わる、ホール独特の緊張感。
それが手に取るように蘇った。

そして、先輩の吹く姿。先輩から奏でられるあの音。
それがまた聴ける。


そう思ったらなんだか嬉しくて、顔が緩んだ。

「……ありがとうございます。絶対聴きに行きます」


先輩はその言葉をきくなり、満面の笑みで私を見つめた。

「良かった。今回俺のソロもあるし、聴きに来て欲しいなと思ってさ。楽しいプログラムだし、絶対聴いて損はないはずだから」