挨拶をすませたあと、エンジュは声を潜めてワンリーに耳打ちする。

「ワンリー様、ヂュチュエが報告したいことがあるそうです。すぐに聖獣殿に向かわれますか?」
「いや。先に宿へ案内してくれ。半日歩き通しでメイファンが疲れている」
「かしこまりました」

 軽く頭を下げて、エンジュは先に立って歩き始めた。メイファンはワンリーに手を引かれたままその後に続く。
 にぎやかな大通りには飲食店や屋台も多く、おいしそうな匂いが漂っていた。普段は質素な野菜料理ばかり食べているメイファンは、めったに食べられない贅沢な肉料理が屋台で売られているのが珍しくて目を見張る。
 その様子にワンリーが微笑みながら問いかけた。

「あれが食べたいのか?」
「あ、いえ、大丈夫です」

 子どものように食べ物に見とれていたのが恥ずかしくてメイファンはうつむく。ごたついてて昼食も摂ってないので空腹には違いないが。
 だいいち、着の身着のままバタバタと連れ出されて、旅支度もしていないメイファンはお金を持っていない。それに気付いた。宿に案内されても宿代が払えない。

「あの。私、お金を持たずに家を出てきました。宿より先に質屋に案内してもらえませんか?」

 お金に換えられるものなど、母が持たせてくれたお守りくらいしかない。腰にくくりつけていた巾着袋を外そうとした手をワンリーが握った。

「それは母君がおまえの身を案じて持たせてくれたものだろう? 手放してはならない。金の心配はするな。俺も人の世で金が必要なことくらいは知っている」
「でも、そんなわけには……」

 なおも食い下がるメイファンにワンリーはいたずらっぽく笑う。

「気にするな。おまえたち人間が聖獣殿に捧げたものだ。つまり元々おまえの金だ」
「え……」