仲川さんの気持ちを偶然知ってしまってから、私はうまく染谷くんと話せなくなっていた。

例えば、朝同じエレベーターに乗り合わせても、挨拶するのが精一杯。うっかり目なんて合わせた日には、苦しくて息が出来なくなる。


それなのに染谷くんは、いつも私の隣に立つ。


「おはよ、松井」

「お、おはよ……」


染谷くんがそこに立っているだけで、今すぐ逃げ出したいのに。


「あのさ」


あの日からひと月経った頃、染谷くんはエレベーターの中で話しかけてきた。

思わず声がした方を向くと、ばっちり目が合った。相変わらず、優しい目。
やはり話しかけた相手は私だったということへの、焦りと喜び。どうにも私は感情をうまく出せない。


「な……なに?」


うわずってひっくり返りそうな声を上げると、染谷くんは少し微笑んだ。


「俺、松井に」

「染谷さん」


染谷くんの言葉を遮ったのは、聞き覚えのあるあの鈴のようなかわいらしい声だった。


「あ、仲川。おはよう」

「おはようございます! 染谷さんて、いつもこの時間だったんですね」


ふんわりと、天使みたいな表情を見せる彼女の笑顔は、私の心に暗い影を落とす。


「松井さんも、おはようございます」

「お、おはようございます……」


私は、うまく笑えなかった。