わたしには恩人と呼べるひとがふたりいる。

 今日はそのふたりに、大事な話をする日だ。ふたりはどんな反応をするだろうかと想像したらおかしくなった。
 きっとひとりは無表情で「へぇ」と言うだろう。きっとひとりは満面の笑みで喜んでくれる。
 正反対のふたりだけれど、わたしの人生には欠かせない、大事な、愛すべきふたりだ。今のわたしがあるのは、ふたりのおかげだと言っても過言ではなかった。

 さあ。まずは再会を喜ぶ準備をしよう。




 高校二年生、初秋。文化祭が終わって先輩たちが引退して、わたしが所属する手芸部が廃部の危機に直面した。生徒総会までに部員をあとふたり確保しないと廃部。顧問の先生にそう告げられ、わたしは苦悩した。
 正直手芸は家でもできる。なんなら家のほうが道具が充実しているから、わざわざ部室でしなくてもいい。
 でも部室には部室の良さがある。遠くから運動部の元気な声や、吹奏楽部やギター部の楽器の音、合唱部の歌声は、とても良いBGMになる。ああ、部活をしている、という気分になる。その環境がなくなってしまうのは正直寂しい。

 できることなら手芸部として居続けたい、のに、大きな問題があった。

 わたしには友だちがいなかった。

 率先して発言するたちではない。クラスメイトたちの何気ない雑談に入っていけるタイプではない。意見を求められても上手く答えられない。心の中で思っていることはあっても、なかなか口にできない。
 そんなわたしが、あと部員をふたり、連れて来れるわけがなかった。


 始める前から諦めムードで、とぼとぼと部室棟に向かう。
 部室に置いた荷物を、今日から少しずつ持って帰ったほうがいいだろうか。部費で買ったミシンは家庭科室の物になるのだろうか。

 そんなことを考えながら階段を上る、と。

「中谷さん、今から部活?」

 急に声をかけられた。こんなことは滅多にないから心底驚いて「あ」だの「え」だの上手く返事ができない。
 声をかけてきたのは同じクラスの崎田さんだった。
 崎田さんは階段を上ってすぐのところにあるギター部の戸の前に立ち、にこにこしながらわたしを見ていた。勿論今まで崎田さんと話したことはないけれど、ギター部だったっけ?
 兎にも角にも声をかけられた。何か返事をしなくては。

「はい……」

 ただ肯定しただけ。話が続かないただの相槌だったけれど、それでも崎田さんは気にする様子もなく「手芸部だよね。文化祭のとき作品見たよ、上手だねぇ」と言ってくれた。

 まさかわたしが手芸部だと知ってくれていたなんて。しかも文化祭で展示していたものを見てくれていたなんて。

 崎田さんは顔が広くて友だちも多い。誰とでも仲が良いように見える。そういう人はわたしみたいな地味な生徒のことも見ているんだなあ、と感心して、この上なく嬉しかったけれど、やっぱりそれを口に出すことはできなかった。

「文化祭の展示、隣の教室だったんだけどさ。隣で手芸部が可愛い展示してるのに、それに比べて文芸部は地味だよねーって。先輩たちと話してたんだ」

 ここでようやく、崎田さんが文芸部だと知った。何気ない会話の中で、わたしが聞けなかった疑問に答えてくれるなんて。やっぱり顔が広くて友だちも多いひとは、こういうことをごく自然にできてしまうのか。

「ねえ、可愛かったよね」

 そして崎田さんはギター部の部室に視線を移し、誰かに同意を求めた。中からは「凄いとは思う」と男の子の声がした。
 誰だろうと一歩足を進めて、控えめに部室を覗いてみると、中にいたのは同じクラスの吉野くんだった。

 吉野くんは口数が少なく無表情で、誰かと仲良く話しているところを見たことがない。だからわたしと同じタイプだと思っていたけれど、ギター部だったのか。ギター部なんて目立つひとたちが集まるような場所だろうに。人は見かけによらない。
 しかも文化祭、崎田さんと一緒に回っていた? もしかして崎田さんと吉野くんは付き合っている? 今だって文芸部の崎田さんはギター部に遊びに来ているし……。

 あれもこれも聞けずに、相槌も打てずにただ突っ立っていると、崎田さんが「吉野くん、妹さんのために小物入れ買ってたよ」と教えてくれた。
 すると吉野くんは少しだけ顔を上げてわたしを見、「喜んでた」と言った。

 わたしが作った作品じゃないかもしれない。でもそう言ってもらえたことが嬉しくて、わたしはようやく「あ、ありがとうございます……」と、気持ちを伝えることができた。