私はゆっくりとドアをしめた。

 それから注意深く姿勢を低くして部屋の中をすすむ。ここにいたら、もしかして彼を捕まえられるかもしれない。捕まえることが出来たなら、是非ともさっきの仕返しをしなくっちゃ。おおまかな意味での仕返しは済んでいるが、それは私がしたのではない。自分の手でやりたいのだ。

 悔しさが蘇ってきて、ぎりりと唇を噛んだ。

 くっそ、あの男・・・よくも私をどついてくれたわね!

 全く、世の中には腹がたつ男が多いものなのだ!夫である桑谷彰人しかり、男友達である楠本孝明しかり。彼らはいつだって私を混乱させて面倒くさいことにまきこみやがるんだから!

 そのセリフは俺のだろう!と本人達からは苦情が殺到しそうだけど、そんなのは無視してやるわ。だって現に、私は彼らに似た面倒くさい男のせいで今、こんなところに隠れているのだから!

 電気を消してあるホテルの控え室で私は一人のバカ野郎を待っていた。

 私は桑谷まりという。32歳で既婚、2歳になってちょっと経つ息子が一匹・・・いやいや、一人いる。

 珍しく着飾った格好で、派手目な化粧も丁寧にし、肩までの髪も巻いて飾りをつけていたのだ。ちょっと前までは。今では化粧は崩れ、不機嫌で首の後ろにアザをつくり、唇をひんまげて暗闇を睨みつけているけれど。

 最初はソファーの後ろに身を隠していたのだけれども、バカバカしく感じてやめたところ。何だって私がかくれなきゃならないのよ?この部屋は暗いのだから、普通に座っていてもパッと見分からないはずでしょ。
 
 そう思って部屋の真ん中に置いてあるソファーに、堂々と座る。