まだ窓が結露で冷たい雫が張り巡らされている朝、楓花(ふうか) は身を覚ましいつもの様に仕事の支度をしていた。「おはよう」という言葉をかける相手は一人暮らしなことからいない楓花は、まず起きると洗面台に顔を洗いに向かった。少し暗めの栗色の髪の寝癖を直し歯を磨いてポットを火にかけた。着替えの途中ネクタイの布の繊維がほつれているのを見つけた。
「はぁ…新しいものに変えないとな」この日の楓花の朝はいいとは言えない始まりだった。
家に鍵をかけ外に出ると、毎朝散歩をしているおじさんが歩いているのが見えた。「俺もあと何十年もすればあんなふうになるのかなぁ」と少し憂鬱そうに囁いた。
楓花は母が少しオチャメなせいか、男では少し変わった「楓花」という女性のような名前を昔は少し気にしていた。でも就職して4年になる今では楓花にとってそんな事はなんということは無い存外なものだった。
毎日繰り返す日々を少し退屈に思いながら楓花は駅に向かった。「ガタンゴトン ガタンゴトン」電車の吊革に右腕をかけながら勤務先までの通勤をいつもの様になんてことの無い景色を見ながら楓花はその日の勤務内容を考えていた。楓花は自分の住んでいる大阪府の小さな街の市役所に務めていた。この日の仕事が重要な訳でも仕事が遅れているわけでもない、楓花の変わらない日課である。一人暮らしを始めてから親や友達とは疎遠である楓花にとってそれくらいしか時間を潰すことがなかったのだ。市役所に仕事についた理由は、親や教師に「将来安定のある職業につけ」と口うるさく言われたのが動機という楓花にとってはそれ程悩まずに決めた職業だった。