目が覚めたのは、もうすぐお昼、と言う時間だった。

「……」

寝付けない日が続いたうえに、昨夜眠りにつけたのは空が白み始めた頃だとはいえ、手にした目覚まし時計が指し示す時刻にしばし呆然とする。

「……はぁ。」

大きく深呼吸して、とりあえず、と部屋を出ると、家中に広がる甘い香りに一瞬足が止まる。
詩月か、と思い出して向かったキッチンで、今度は完全に足が止まった。

「あ、はーちゃん、起きたー。」

ニコリと微笑む詩月は、今日も長い髪をまとめたエプロン姿。
そして、何故か隣に立つ拓真も、何故かエプロン姿。

「お、やっと起きたか。」

肘まで捲られた白いシャツ、細身のジーンズに、黒無地のエプロン。という見慣れない姿。
でもそれは、決して似合わないわけではなくて。
むしろ。

…かっこいい、かも…

っ!いやいやいやいやっ!私、なに考えてるの!?

「おい、まだ寝惚けてんのか?」

無意識に、不本意ながら、見惚れていたせいでいつの間にか目の前までやって来ていた拓真に気がついたときには、拓真は私を覗き込むように身を屈めていた。あまりの近さに驚いてハッと息をのむ。心臓が嫌な音を立てている。

「っ…!寝惚けてないっ!っていうか、どうして拓真がいるの?なにやってんの?」

「ん?顔赤いぞ?熱があるわけじゃねぇよな?」

あわあわと距離を取るように後退るけど、私の質問をまるっと無視した拓真はとぼけた顔でその距離を縮めてくる。

「ちょ、ちょっとっ!大丈夫だから近づいてこなっ…!」

「おっと」

暮らし慣れている部屋なのに余裕なく後退っていた私はまんまとテーブルに足を取られバランスを崩し、ソファへ倒れ込んだ。

拓真と一緒に。