木下竜也は、私の姿を見つけると、すぐに近寄って来た。

あっという間だった。私は、電話中だったから、運悪く逃げ遅れた。

「花澄ごめん。ほんと、自分勝手なのは分かってるんだ。でも、他に引き受けてくれる人がいないんだ。やってくれないかな」

彼は、辛抱強く電話が終わるまで、暑苦しいほどにぴったり横について待っていた。


そして、彼は、タイミングを見計らって、両手を合わせるようにお願いのポーズをする。


そんな計算されつくした態度に騙されるか!

と、こいつのしたことを考えれば、八つ裂きにしたって足りないんだけど、そこは、大人だから、クールに答える。

見た目だけでも。冷静に。冷静に。

「無理に決まってるでしょ?」私を誰だと思ってるのよ。

お世話になった先輩のためだから、どうにかしてあげたい気持ちは心のどこかに、ないこともない。

けど、今度ばかりは、言うことを聞いてあげるわけにはいかない。

会社のほとんどの人間が、私たちのことを知らないとしてもだ。

「なあ、花澄、結婚式の二次会、どうしてもやらない訳にはいかないんだ。会長以下、お偉いさんも出席するって言ってるし」

それで?だから?

数限りなく口汚い罵声を思いついて、頭から浴びせたって、この人は変わらない。

多分、死んでも。死ぬまで見届ける気持ちなんてないけど。


数か月前まで『死ぬまで一緒よ』なんてほざいていた自分を消し去ってやりたい。


なんだっけ?


ああ、結婚式の二次会か。

彼が、上役の事を気にするのも当然だ。

花嫁の父親、誰だと思ってんですか?

娘が命っていう西田専務じゃないの。


あんなに可愛がってる愛娘のことなんだから、気にするに決まってるでしょ。

私は、彼を押しのけて言う。


「だから、ダメですって。はっきり断ってるじゃないですか。念のため言っときますけど、私は、二次会を開くのは、反対してませんから。勝手にして下さい」


でも、私は、式なんか行かない。

二次会なんて死んでも行かないから。


多分、その日は、有休取って地球の裏側のビーチでのんびりしてるわ。

トロピカルドリンクでも飲みながら。