翔と別れて数日。


あたしは、しばらく自分のアパートへは帰らず、本社の一室に泊まり、新作の小説を執筆していた。


あの家にも、翔との思い出がありすぎて、執筆に集中出来なかったからだ。


あの後、カフェにも行っていない。
そうしたら、翔に会ってしまう気がしたから。


連絡先も全て削除して、なるべく考えないように形から入る事にした。



Yシャツにジーンズと仕事の時のラフな格好で、眼鏡越しにパソコンの画面を見つめる。


ーコンコンッ


「先生、入りますよ。どうですか、進み具合は」


入ってきたのは後藤さんだった。
あたしの隣に座り、一緒にパソコンをのぞき込む。


「そうですね……あぁ、目が痛い」

「少し、根を詰めすぎですよ?」


後藤さん「いつもなら締め切りが~!」とか言って泣きそうになってるのに。


「あと、ラストだけですから。それまでの原稿渡します」


あたしは後藤さんに渡す原稿をコピーしていく。


「『失恋には、バリスタ王子の恋ラテをどうぞ。』恋愛こじらせ女子必見で、すごくいいですよね!」


まるで、「乙女か!」と突っ込みたくなる興奮のしように、あたしは苦笑いを浮かべる。


「あのカフェでの時間が、良い題材になったみたいですね」

「そうね……」


これは、あたしの物語。
失恋して、翔にまた恋をして……別れたまでの話。


そしてラスト、そのラストが問題なのよ。
あたしのように、失恋のままでは読者に希望はつなげないし…。