次の日



正午

都内某所の公園



その広場の中央に置かれた噴水の前に、黒瀬凪咲は額に冷汗をかきながら神妙な面持ちで立っていた。












――二十四時間前






九重ハナさんが誘拐された。


工藤が爆弾につられているうちに発生した出来事だった。




全て最初から仕組まれていたのだ。




「…どうしてハナさんを。私がすぐそばに居たのに…!!」


誘拐を知った黒瀬は顔を真っ青にさせ、そう呟く。


「これがあいつらのやり方なんだ…ごめん、分かってたのに。俺のせいだ…くそっ」


爆弾ばかりに目をとられていた。


あいつらなら、黒瀬を直接狙わず、彼女の大切な人達から狙うと分かっていたのに。


一番の失敗は彼女に携帯を持たせたままだったことだ。


今の世界じゃ携帯一つ持つだけで、その人物の居場所なんてすぐ見つけられる。


それを回避するために黒瀬の携帯は預かっているし、工藤の携帯はそれの対策が取られている特殊なもの。


だがハナのものは違う。


おそらくGPSから彼女の居場所を探り当てられ、電話をかけて彼女を部屋の外に誘導した。


そしてあらかじめ部屋の警備を頼んでおいた警官の一人と入れ替わっていた奴らの部下が彼女を連れていったのだろう。




工藤は目頭を押さえながら考える。


衛宮さんは警官の姿もハナの姿も見ていない。


彼が見逃すことは考えられないから、エントランスを二人は通っていないという事になる。


だとしたら彼らの侵入逃走経路は何だ。



(そこを潰しておかないと、また奴らがここに来る…!いや、でも…もうここに居るより、警視庁に居たほうがいいのか…?誘拐の対策本部は警視庁に建てられるだろうし…これ以上彼女の傍を離れるわけには…)



一人もんもんとこれからの事に思考を巡らせていた工藤の目に、黒瀬が映る。



(あ……)



彼女は立ったまま下を向いて小さく震えていた。


腕に抱えたオリオンをギュッと強く抱きしめている。


当のオリオンはくるしいだろうにもかかわらず鳴きもせず、心配そうに黒瀬を見上げている。



ハナは彼女にとって最後の家族だった


兄の大切な人で、こちらの事情など何も知らない


巻き込んではならない人だった


守らなければならない人だったのに



黒瀬の目にじわじわと涙が溢れてくる。


自分に何か不幸が降りかかるのならいい。


黒瀬の家族が持ち込んだ問題なのだから、それは当然の事で、報いだ


(だけど…っ!ハナさんに何かあったら…!!私…お兄ちゃんになんて言ったら…!)




自分の命が狙われてもこんなふうにならなかったのに、今は怖くて怖くてたまらない。




すると、


震えが止まらない彼女の身体が、そっと優しく抱きしめられた。


大きな腕に包まれる。


そして、真上から低く柔らかい声が降ってきた。



「ごめん、黒瀬」


「…!」


「怖いよな、自分のせいで大事な人が傷つくかもしれないってのは…怖いもんだよな」



工藤も嫌と言うほど知っている。


救えないことだってあった


同じ思いは絶対彼女のさせない。



「俺が…俺が、絶対に救ってみせる。だから泣くな。まだ泣くな。ハナさんが助かった時、その時に泣くんだ。俺が、必ずそうさせるから」



力強いその言葉に、黒瀬は涙をこらえて頷いた。