全てを頭の中から
振り払うように
あたしは無我夢中で走った。




だけど、どれだけ走っても足りなくて…
ただその場に立ち尽くす。


目を閉じると
幼い時のぼんやりとした記憶を思い出した。















* * *



13年前ーーー















「ひなたー。
こっちにおいで。」


「なぁに、ママ⁇」



暖かい春の訪れを
感じるようになった日だった。



お母さんは優しい声で
あたしの名前を呼ぶと、
こっちにおいで、と
手招きした。




「ママはこれから
少しだけお家を留守にするからね。」

「どうしてなの⁇」



お母さんのいきなりの言葉を
理解出来ずに
あたしが首をかしげると、
お母さんは膝の上に
あたしを乗せて頭を撫でた。


「お仕事があるの。
パパと良い子にお留守番しててくれる⁇」

「嫌だ…。
ママがいなきゃ嫌だ。」


「おじいちゃんも、
おばあちゃんもいるし、
寂しくなんかないわ。
必ず迎えに行くから。」


「本当に…⁇」

「ええ。本当よ。
すぐに帰ってくるわ。約束よ。」



お母さんはそう言うと
優しく微笑んで
あたしに左の小指をさし出した。



「ゆびきりげんまんよ。」

「うん‼︎約束だよっママ‼︎」




あたしはお母さんの
言葉を信じて
小指を絡めた。



そんなあたしを見て、
お母さんは安心したように
小指を離して立ち上がった。


「じゃあね、ひなた。
元気でね。」



「うん…。
行ってらっしゃい。」




お母さんは小さいあたしに
手を振って沢山の荷物を抱えて
家を出て行った。





「ママっ‼︎」



やっぱり寂しい…。


そう思って去っていくお母さんの後を
幼いあたしは追いかけた。





「…。」



だけどその時には、お母さんは
知らない男の人の車に乗って
去って行った後だった。





「ママ…早く帰って来てね…。」


その時のあたしは
心の中にぽっかりと
穴が空いたようだった。