【一月下旬】


「さぁ、秋弦。
 次は、右手と左手のバランス。

 楽器を感じて、息遣いを感じる。
 
 ペダルでボリュームのコントロールもしっかりとする」



教室のレッスンを終えて出て来た奏音を初めて教室内で見つけた日。
アイツの表情は影って見えた。


奏音の奴、あんな表情する奴じゃなかった。


アイツはいつも目の前で涼しい顔して鬼発言を繰り出す
コイツに一途で、いつも音楽を目一杯楽しんでる奴だった。


なのに……久しぶりに見かけたアイツは
奏音の雰囲気が変わっちまってた。


そんな奏音の変わり方が気になりつつも、
俺は今日のレッスンに集中する。


初級くらいから始めた教室が奏音のクラスまで後一つ。


そして明日は、三級クラスの試験。
三級まで辿りついたらそこには奏音が居る。



史也のアドバイスを聴きながら、
両手の指先は、鍵盤へと神経を集中させる。



教室内と、アイツの家では最新のエレクトーンを借りて、
家では自分の相棒で練習を続ける。


不足している機能はイメージで脳内補完。


どれくらいに鍵盤を押しながらスライドさせると音が歪むのか、
最新機種の間に感覚を体へと刻み込む。


もっと丁寧に指先まで神経を張り巡らせて。



えっと……息遣い、息遣いな。



こっからここまでは一息だよな。

この辺で、ブレスで息づぎして次は小さな音から、
徐々に息を強くする。



脳内でイメージしたままに両手の指先へと、
集中させるとテキストの楽譜を完成させていく。





「OK。
 右手のサックス感がよりリアルに伝わってきた。

 次は足。
 秋弦は今はつま先で鍵盤を押すことに集中してる。

 だけど速い曲になると、 それじゃ追い付かないこともある。

 少し、こっちで俺の演奏を見て学習するといい」




そう言うと、アイツはエレクトーンのボタンを何個か押して、
早々にデーターを組み立てるとリズムボタンを押して、
最近流行のドラマの曲を演奏し始める。




警察官が活躍する、
そのドラマのメインテーマが部屋中に広がっていく。



指先が紡ぎ出す、音色の表現力はもちろん、

曲と曲の合間の、観客の魅了のさせ方。

体全体を使って、
その全てを表現していくパフォーマンス。


そして極めつけは、つま先でしか演奏出来ていない俺に比べて、
アイツは普段は左足の、つま先と踵で鍵盤を操り、
基本はボリュームを調節するエクスプレションペダルに鎮座しているはずの
右足まで時折、足鍵盤に降臨して、両足で忙しなく紡ぎ出す。





マジかよっ。



コイツの手足、イカレテンジャねぇ?って


そんな風に思ってしまうほど、
目の前のコイツの技はかっこよくて魅入られた。



半端ない演奏を聴くたびに鳥肌に全身が震える。