【一月下旬】

冬休みの間も、私は史也君にあの日言われたままの
足ハノンのみの練習だけで、まともなレッスンを受けることが出来ず
時間だけがすぎて三学期になった。


中一のこの時期から、
進学校である藤宮は保護者を交えた進路相談が始まる。


私の目標は昔から何も変わってない。



音楽に関わる仕事がしたい。
出来れば、史也君みたいにプロのエレクトーンプレーヤーになりたいから。


その旨を学校側に伝えたものの、
学校の先生は受け止めてはくれなかった。


*

松峰さん、実際は貴方が考えているように甘い世界ではないですよ。
音楽の世界で成功している人は、ほんの一握りです。

そんな夢を理想にする前に、勉学に励んで確実に
手に届く未来を掴み取ってくださいね。

松峰さんの今のままの成績では、エスカレートで高校に進学するのも
難しいですよ。

もっと現実と向き合ってくださいね。


*


早々に打ち砕かれる私の夢。



それでも私の夢は誰にも変えられない。 




今まで誰に何を言われても、笑って乗り越えられたのに
今回ばかりは……音楽教室での現実問題と重なって折れそうになってた。



史也くんに足でハノンの練習をするように言われて以来、
一月も終わりに近づこうとしていた。

レッスンは毎日退屈で好きな曲を演奏したくてウズウズしてる。


こんなことしか出来ないなら教室に行っても行かなくてもいんじゃない?


高い月謝出して貰ってるんだから、
それに見合ったお稽古をつけて欲しいよ。


ただでさえ、クラスの皆に比べて
新参者の私は、出遅れてるんだから。


私の劣等感は湧き上がってくるばかり。



史也くんは、他の皆にはちゃんとしたアドバイスをしてる。


だけど私の時は聞いてるのか聞いてないのか。
アドバイスもコメントも何もなし。


せっかくのドキドキのレッスンも、
これじゃ、意味がないじゃん。



史也くんがダメなら、美佳先生や大田先生に頼もうと
【私も通常のお稽古がやりたい】って掛け合ってみるものの、
二人とも【史也がさせてるなら】って私の状況が変わる気配はない。




私のエレクトーンが昔の機種だから、
出来る表現法も違うんだって新しいのを買ってほしいって、
お父さんとお母さんにねだってみるものの、うまく行くはずもなく、
「アンタ、どれだけすると思ってるの?」って。


お母さんはバッサリと言い捨てる。




それ以降は、お母さんの顔を見たらずっと家の中で喧嘩してる。



これだから音楽を経験したことない親は困るのよ。




『今のエレクトーンのままでもいいでしょ。
 まだ壊れてないんだから』

『どれでもエレクトーンには違いないでしょ』

『その新しいのにしないと、教室でレッスンできないのなら
 今の教室はやめて別の教室を探しなさい』


って……私が何か言うたびに、そればっかり。


だけど中学生の私には親に内緒でローンを組んで買い物するなんて
出来ないしバイトさせてくれる場所もない。





最新機種で出来ることが出来ないエレクトーンしかない、
私の惨めさなんて、お父さんにも、お母さんにもわかんない。


お父さんとお母さんが、
私の未来の可能性を摘み取ろうってしてる罪も
わかってないんだから。




そんな風に、想いながら
イライラする言葉をやり過ごしていく。




家でもイライラ。



教室でもイライラ。



教室でのレッスンは私だけ別メニューで、
足でハノンを弾くだけ。



史也くんに言われたから、
ただ義務的に淡々と課題をこなすだけの時間。