(音楽教室試験翌日)


「奏音、起きなさい」


目覚めの朝を教えてくれるのはお母さんの声。


あれ……私、ちゃんと布団で寝てる。



昨日は嬉しいことがあった。


私の憧れの王子様。

史也くんと同じ教室になったこと。
私の目の前で、史也くんが演奏してくれたこと。


私が触ったエレクトーンに史也くんの長い指先が触れて
リズムボタンを押した。



同じ鍵盤に触れた。



そんな夢みたいなこと、本当に起こっていいの?



なんだかテンションが、カコーンっと上がっちゃって
眠れなくて、ヘッドホンをつけたまま何時間も演奏してた。


日付が変わったのは知ってたんだけどな。


ベッドから体を起こして、布団から這い出すと
藤宮学院の中等部の制服に身を包む。



そして学校の荷物を持って、
リビングへと降りる。



「おはよう」


リビングに顔を出すと、
お父さんが朝のPCを触りながら
私の方に視線を向ける。


「おはよう奏音。

 母さんに聞いたよ。
 昨日から行った音楽教室に、
 お前の憧れの史也君だったか、居たんだってな。

 嬉しかったのはわかるがちゃんと寝る時は布団に入りなさい。

 1時ごろに奏音の部屋が電気がついていて覗いてみたら、
 お前鍵盤の上でうつ伏せになって寝てたぞ」
 



あぁ……、だからかっ。



「ごめん。朝、布団の中に居たから
 お父さんか、お母さんが寝かせてくれたのかなって
 思った。
 寝ぼけながらでも自分で行ったって思いたかったけど」


「おいおいっ。

 奏音みたいな年頃になったら、
 そろそろ親がウザくなる頃だろ」

「えっ?そうなの?
 お父さんも、お母さんも……ウザがられる方がいいの?」


「いやいやっ。
 父さんは今の奏音がいいよ」

「だったら、ノープログレム。
 これからも宜しく。

 ご飯、頂きます」



わざと声を大きくだして、胸の前で合掌すると、
その後は、お母さんが作ってくれたパンケーキを
がっつりと食べる。

ふわふわの食感に、
生クリームと、バターと、苺ジャムが添えられてる
お母さん特製のパンケーキ。



「ごちそうさまでした」


っと再び、手をあわせると駅までは、
お父さんの運転する車の助手席に乗っかっていく。


最寄り駅で車から降りると、由美花と合流。



「おはよう、由美花」

「おはよう、奏音」 



二人ならんで、定期券をかざして
改札を通り抜けると3番線乗り場へと移動する。



「あっ、お兄ちゃんだ」



そう言いながら、向かい側の4番線乗り場の方を
見つめる由美花。



由美花の視線の先には、
ライラックの燕尾服を来た数人の男のたち。



悧羅学院【りらがくいん】制服だ。


海神【わたつみ】昂燿【こうよう】だと、
ここからじゃ遠い。


だったら悧羅【りら】校の生徒ってこと?




由美花が手を振る先、燕尾服の集団の一人が、
手を振り返して誰かを呼ぶ。



すると、邪魔くさそうにもう一人が手を振り返した。



だけど私は……別の存在にくぎ付けになった。



黒髪の少年の隣、
私の王子様が笑ってた。




……嘘っ……。



教室だけじゃなくて、朝から史也君に駅で会えた。


史也君も、
ここが最寄り駅ってこと?



ずっと見つめていたいのに、
私たちの空間を遮る電車がホームに入って来て
通り過ぎていく。


それと同時に向かい側のホームに立っていた
集団の姿は綺麗になくなった。