──チュンチュン…




小鳥のさえずりが聞こえる。




「…ん…っ…」




カーテンの隙間から漏れる日の光で目が覚めた。




「…あれ…私…?」




泣き腫らした後の重たいまぶたを開けて
昨日の記憶を呼び覚ます。



私は昨日、響也さんに捕まって…それで…────




ふと、手元に違和感を感じて持ち上げる。




「いっ…!?」




夜から握ったままだったそれを思わず手放した。




「響也さん…っ…?」




どうやら私、響也さんの服の袖を握ったまま寝てしまったみたい。





「…ん…さゆりちゃん…おはよう…」





響也さんの眠たそうな長い睫毛が持ち上がる。


グッと伸びをすると、優しく微笑んだ。





い、色気が凄い…

というかそれよりも…






「…響也さん…ごめんなさい…

昨日のことも…今日のことも全部…」





ベッドに正座して頭を下げる。



すると、大きな手が私の頭を優しく撫でた。





「良いんだよ…君が無事で戻ってきてくれたんだから」





ジーンと胸の奥が熱い。




これを大事にされてないって思えるバカがどこにいるのだろう…。





「…私は…兄弟に…酷いことを…言いました」





声が震える。

だけど聞きたい。

私はここにいて良いのか…





「…皆さんは…私を許してくれるでしょうか…?」





────ダンッ





その問いの後、部屋のドアが勢いよく開いてその人は向かってくる。


 

「さゆりちゃんのばかぁぁーーーー」




抱き付いてきたその人の黒髪から薔薇の香りが広がった。



「──え…み…さん…」




勢いよく抱き付かれた反動で、ベッドへ押し倒される。




え、えっと…



状況を掴めずにいると、






「心配したのよぉぅーーー!!

三時間も帰って来ないでぇぇぇーーー!!

心配で死ぬかと思ったあぁぁぁーーー!!」






昨日の私より大きな声で泣く恵美さん。

顔をくしゃくしゃにして、美人が台無しになっていた。





──かつて、私のためにこんなに泣いてくれた人はいただろうか…




目に涙が溜まりつつも、口元に笑みが溢れる。




大好きだ…この人も…兄弟も──────




















「おはよー」

「おはよう、ございます…」



私は響也さんに続いておずおずと朝の挨拶をした。




皆と顔が合わせにくい…。

昨日のことで凄く迷惑をかけてしまったって思ってるから…。





リビングでは、おばあちゃんと昴さんが一緒にお茶を飲んで談笑していた。





「おはようね。響也とさゆり」

「響也にぃさん、おはよう…。さゆりちゃんもおはよう…。」




私の気持ちとは裏腹に、二人は昨日のことは無かったみたいに、自然に話し出す。


気を、使ってくれているのかな…?




「何で恵美は泣いているのかえ?
朝の寝起きドッキリするって張り切って行って、暫く帰って来んと、何してきたのさ?」



「だってぇ~、ぐすっ、さゆりちゃんが悲しいこと言うからぁ~」



おばあちゃんの話に答えながら、

涙や鼻水を垂れ流しの恵美さん。


やれやれとおばあちゃんは笑う。



そして、私に視線を投げ掛けると、





「暖かいお茶でも入れてやろう。
そこに座って、待ってなさい」


「…は、はい…」




席に座るように促してきた。




おばあちゃんも昴さんも、昨日のことを何も言わない。




謝りたいのに…どうすればいいのかな…?



コミュニケーション能力がここに来て必要だなんて思わなかった…。





「…空が綺麗だね…

きっと外の空気もとても美味しい…」



「…え…!?…あ…はい…」




昴さんが窓の外を見て話しだす。

そこには確かに綺麗な青空が広がっていた。




「皆もまだ起きてないし、家に帰るまで時間がある。

少し二人で散歩してきてもいいかもしれないね」





私と、昴さんで…?





「…お茶を飲んだら…少し出かけてみよう…」




昴さんのグレーの瞳に私が写る。



きれいな瞳の奥に私に対する好意や優しさが込められている気がして、




──断れない。




私は大きく首を縦に振った。





















────青空が広がって、春の優しい風が頬を撫でる。





外に通じるドアを開けて、私は呆然と立ち尽くした。




空ってこんなに綺麗だったっけ…?




今の今まで、空を見上げてみた記憶がない。




私は当たり前にあるはずの感動をこの日まで忘れていたみたいだ。




「──あれ、平山…と昴にぃ、じゃん!」




昴さんとのんびり歩いていたら、


遠くから桜井くんの声が聞こえた。


一緒にいた、琢磨くんと大地さんも気がついて駆けてくる。



三人の額には汗が浮かんでいて、


ランニング中…?だったみたい。




「何してんの二人とも!」



「ちょっと散歩…。三人ともランニング…大変そうだね…」



「動かねぇと、体が鈍っちまうからしょうがねぇよ」




嫌々やっていると言いながらも何だか楽しそうな琢磨くん。


彼は桜井くんのいう通り、恥ずかしがりやなのかもしれない…。





「───おい、お前、体の方は大丈夫なのか?」




突然、大地さんが大きな声で問う。




え、と…私のこと、かな?




キョロキョロと皆を見回すと。




「さゆり、お前のことなんだが…」




名前で指摘されて、ドキリとした。




「え、…あ、私ですか…?

あの、…熱は昨日、下がりました…

大丈夫です…」




「そうか…なら良かった」





ほっとしたように大地さんは白い歯を見せて微かに笑う。





「でもまぁ、病み上がりなんだ。

散歩もほどほどにしておけよ?」





胸の奥がきゅんとして、

涙が出そうになった。





優しいなぁ…本当に…




私は兄弟たちに何もかも、もらってばかりだ。