【匠side】

「多分私はさゆりの苦しみのすべてを理解出来ていないのだと思う。」



当時私はそこにいなかったから。



「さゆりが五歳の時、仕事関係で家を離れていた。家には私の妻とさゆりが二人で住んでいたんだ」



でも、それがいけなかった。
まだ5つの娘のことも全て彼女に任せてしまったのだ。



「妻は…どうも嫌になったらしい。浮気をして家を出ていった。当たり前だよな」



『アハハ』と少し笑うと桜井の兄弟たちは神妙な顔で眉を潜める。



「それで…さゆりちゃんはどうなったんですか…?」



それを聞いて、響也くんはどんな反応をするのだろう。



「響也くん…私を攻めないでくれ…」



震えた声で言うと、恵美さんが『大丈夫』と少し笑った。



恵美さんは、唯一この話を知っている人だ。



相談して、『変えましょう』と言ってくれたこの人のためにも、自分の責任を受け止めなければいけない。




「さゆりは多分、虐待をうけていたのだと思う…。」




「…虐…待…?」




優伊くんが思い悩む様に下を向く。




「これ…、当時のさゆりの絵日記なんだ…」




バッグから重く感じるノートを机に広げる。



真っ黒なペンと真っ赤なクレヨンで三人の人のようなものが描かれていた。



「この寄り添うようにしている二人は、きっと、妻と浮気相手。そして赤は…」



赤は…さゆり。泣いていて、苦しそうで。



ーーーーなぜ、速く気付いてあげられなかったのだろう。
ーーーーなぜ、さゆりは私を頼ってくれなかったんだろう。
ーーーーなぜ…


震える体にそっと誰かの手が触れた。



「もう、いいわ。充分よね?」



本当に恵美さんは優しい。


強くて真っ直ぐで素敵で。


だけどダメだ。いつまでも彼女に頼ってなんていられない。



「大丈夫。私は大丈夫です…それよりちゃんと話しておきたい…。さゆりのためにも…」



あの子は今、何も頼るものがない。

誰にも心を許さず、何があったのか聞いても、答えてはくれない。


「私には踏み込めなかったあの子の心を、」



地面に頭を叩きつけた。



「どうか頼む…支えてやってくれ」



願わくは



「もう一度、あの子の心からの微笑みがみたいんだ!!」