そして迎えた十五夜。
私は隆様に会いたい思いと、こんな愚民の私がお会いしてはならないとの葛藤の中で、結局会いに行くことができなかった。
だからといって忘れられるはずもなく、次の日には実田城の塀の周りを右往左往していた。
「お梅。」
聞き覚えのあるその声に、胸が跳ね、肩も持ち上がる。
「待っていたよ、きっと来てくれると信じてね。されど、1日ほど遅く感じるのは私の気のせいだろうか。お梅を焦がれるあまりに、私なんかが1日早とちったとでも?」
バツが悪くて俯いていると、悪い戯言はここまでだよと優しく笑いながら、今度は真剣な表情で向き直る。
どうして、昨夜は来なかったのか、と。
今日来れたのなら、きっと忘れていた訳ではないだろうに、と。
私が蚊の鳴くような声で昨晩の葛藤を説明すると、お梅ならそんな余計なことを考えているのではないかと思ったよと、最初から全て知っていたように隆様は頷いた。
そして手を取り、もう牛小屋の匂いの染み付いた私の身体を引き寄せようとする。
私は慌てて後ずさった。
いつまで私を避けるのかと隆様はいつになく強い口調でおっしゃり、まさかこの後に及んでまだ階級を気にしているのではないだろうと念を押す。
「ですが隆様、私とこうしてお会いになっていることが広まれば、隆様は城を追い出されぬやもしれません。まして、命に関わることに巻き込まれでもしたら、私の後悔は一生私を離さないでしょう。」
「私とお梅のなにが違って横槍を入れられねばならん。私があなたを守ると決めたのだ、あの夜から。これより先、全てのものを捨てる覚悟ならできている。されど周りが認めぬと言うのなら、お梅と暮らすことが私が最後に権威を振りかざして我がままを貫く時だ。後悔がお梅を離さぬとしても、私もお梅を離さぬ。」
私が次の言葉を発するより先に、私は隆様の腕の中にいた。
こんなに人肌は温かく安心するものだっただろうかと、私はたじろぎそうになる。
このまま甘えれば、城中の方にもどんなご迷惑とご心配をかけることになるだろうと、私は隆様の腕を離れた。
風に乗せられ、またふわりと隆様の香が香る。
お約束に遅れたお詫びをしつつも、これで無事を心配なさった隆様のお気持ちは晴れたことでしょうと言って、精一杯のけじめをつけようとした。
仕方ないとでも言うようにわかったとおっしゃった隆様を見て、ほっとするような不安が押し寄せるような矛盾だらけの感情が私を支配した。