皮肉にも、こう言う日に限って仕事は順調に進み、何時もより早く帰れることになった。このままこっそり帰っちゃおうかな。と考えなかったわけでも無いが、仕方ないので堂々と入口で待つ。
 数分後に直人が駆け寄ってきた。大きな皮のカバンを持って。
「はは、やっぱり今日もカバンが重たいよ」
 直人は笑顔で言ったが、さすがに心は痛いらしい。表情から悲壮感が漂ってくる。
「やっぱり、食べてほしいよね。一生懸命作ったご飯なんだから……」
 と言いながらも、さと子も今日はあまりにも仕事に熱中して、弁当を食べることを忘れていた。食べてないことを改めて思い出すと途端にお腹がすいてきて、お腹がグーとなる。
「ごめん、私昼食まだ食べて無いんだ。ずっと飲み物だけ飲んでたから」
 よって、さと子の背後にはまだ3人がいた。弁当の方はさておき、達海に渡すはずだったタッパーの中のおひたしも結局今日は渡せずじまいだ。
「食べる?」
「いいよ。だって、それは直人があの女性のことを思って作ったんでしょ。私なんかが食べて良いものじゃないわ」
「真面目だね。アイツが言うのも分かるよ。……全く、良いよなぁ。アンタ等は」
 どゆこと? そう聞きたかったが、直人はカバンの中から弁当を取り出していた。
「ねぇ、一応見せて。そのお弁当箱」
 丁度良いので、弁当を受け取って結ばれている布を解く。淡い黄色の弁当箱で、女性が持ってても全く変では無い。問題は此処ではなさそうだ。ふたを開ける。確かに箸は全く付けられていないようだ。嫌ならば直接嫌と言えば良いものを。さと子も少し腹立たしい。
「この通り。いっつもコレなんだ。で、これが僕の夜食」
「そうなんだ……」
 段々と直人が可哀想になってきた。それを察したのか、直人は首を振った。
「辛く無いよ。確かに食べてもらえてないみたいだけどさ、直接何も言わないってことは、まだ可能性があるってことじゃん?」
「そうね。頑張ろう!」
 そこでまたさと子の腹が鳴き叫ぶ。直人はさと子の頭を軽く叩くと、「2人で弁当食うか!!」とさと子の手を引いて会社を飛び出た。食べること自体は構わないのだが、まだ新キャラのナポリタンが出てきていない。もし彼が食べる時に登場し、人目も気にせず此処で運動をしろなどと言いだしたら……さと子の頭痛はしばらく止みそうに無かった。

 人気の無い公園のベンチに座り、弁当を開ける直人。さと子は開けるべきか否か迷っていたが、お腹が鳴ってしまった。此処で開けないとかえって怪しまれる。さと子も弁当を取りだした。仕方なく布を解き、ふたを開ける。そこで弁当箱の中に具が無いとおかしいので、3人はすぐに元の具材に戻った。
「へー。やっぱり大きい弁当だね。肉料理の主役が2つもあって。あーおひたし、うまそーだね。たまに食いたくなるよね、おひたし」
「だよね。おひたしってどっちかと言うとわき役だけど、やっぱり美味しいよね」
 恐らく、この会話を聞いているひたし様はまた泣いているのだろう。と思ったら、隣ですすり泣く声が聞こえてきた。横目で見ると、まだひたし様がいる。
「何でいるのっ!?」
「え?」
 直人が神妙な顔で聞く。さと子は、「独り言!」と急いで両手を振った。
「おひたしめは此方にもおりますゆえ……」
 そう言ってさと子のカバンの中を指さす。そう言えば、達海に渡し忘れていた方のおひたしがあったっけ。さと子は成程と首を振る。
「あれ? ここのスペースは? 銀紙置いてあるけど」
 まさかとさと子も視線をやる。そこにいるはずの食材がいない。これはつまり……。
「こんにちは。何時までも色あせない青春の代表格こと、ナポリタンです!」
 アイドルの自己紹介のような口調で、現れた青年は、目元でピースをしていた。オレンジ色が強めの茶色い髪の毛、甘いマスクには似合わない真っ黒でピチッとした燕尾服、シルクハットを被り、緑色のネクタイをしている。紳士的な格好かと思えば、頬にはマッシュルームのボディーシールを貼っている。遊び心のあるスタイルだ。
「おーい」
 新キャラの登場に茫然としているところに、直人に声をかけらる。我に返ったさと子は、「あぁ」と間抜けな声を出した。
「お前、ちょっとつまみ食いしたんだろ。ったく、抜け目ないな~」
 直人が都合のいい言い訳を作ってくれたので、さと子も乗っかって、「いやぁ、面目ない」と頭を掻いた。
「事情はだいたい知ってますよ。甘酸っぱい恋の話題は、やっぱりボクにお任せなんですな」
 青年はさと子の手を引き、立ち上がらせた。
「どうした、急に?」
「え、えっと……」
「良いこと思いついたって良いなよ」
 青年に言われるがまま、さと子は、「良いこと思いついちゃって」と、話した。
「ほんと!? やったー! なら飯は後だ、今すぐ実行してくれ!!」
「う、うん……」
 直人が一人喜びに浸っている隙に、さと子は青年に話しかける。
「本当に大丈夫なの?」
「へーきへーき! ボクを誰だと思ってる? 今まで喫茶店ファミレスで色んな人達の青春を間近で見てきたボクを」
 レストランでデートも別れ話もよくありそうなイメージだが、決してそれを見てるのがナポリタンと言うイメージは無い。人間に戻った肉料理2人と、ひたし様も首をひねる。
「スパゲッティの中でなら、甘酸っぱさでは負けないよ。でね、まずボクの作戦はね……」
 青年が他の食べ物男子達を手招きして全員集めると、こそこそとその作戦を話し始めた。納得するハンちゃんとさと子に対し、スーさんとひたし様は不安げな顔をしていた。
「大丈夫かよ、それで」
「成せば成るって。ね?」
「仕方ないわね。もう思いついたって言っちゃったし。とりあえずなぽりんの案に乗るよ」
「そうこなくっちゃ! それじゃあ行こう、さとりん!!」
 当たり前のようにあだ名で呼ばれたことが嬉しかったらしく、なぽりんもさと子の呼び方を真似た。
「ほら、ボーッとしてないで行くよ、直人」
 直人の背中を叩き、さと子はずんずんと前を歩いて行った。以前より、歩くスピードも速い。体格の割に速いなぁと感じた直人だったが、取り残されないように急いで追いかけた。

 真っ先に着いたのは、理髪店だ。勿論、髪を着るのは直人である。
「行ってらっしゃい!」
 背を叩き、直人を押し出す。その様は、押し出しの練習をする力士にも似ている。
「え、えっと……一体何処を切れば良いんだ?」
「わかんねーのかお前は! 一番切るべき長ったらしい所があるだろうが!!」
 さと子は前髪の前で片手を持ってくる。直人は趣旨を理解すると、「ええ~」と顔をしかめた。
「それだけは勘弁ですよぅ」
「駄目よ。その表情が見えない髪型は! 本当の自分をさらけ出さないと、相手に好きになってもらうなんて一生無理よ!!」
 これはさと子やなぽりんだけではない。3人の食べ物男子達も一致して思っていたことだ。仕方ないのでさと子が強引に押し出して店内に直人を入れる。
「いらっしゃいませー」
 にこやかに近寄って来た店員が、逃がさまいとばかりに直人の腕を掴み、強引に席に座らせた。
「本日はどう致します?」
「前髪バッサリ切って男前にしちゃって!」
「ええっ!? ちょっと」
「了解致しました~!!」
 直人が起き上がろうとすると、店員が力技で再度座らせ、店員はハサミを取りだした。不気味にキラリと光る刃先に、直人は震えあがった。
 小さな理髪店に、直人の叫び声が響き渡った。