こんな夜中の大きくもない駅なので、改札を出ていく人たちは歌っている男性には目もくれず帰路を急ぐ。

私もそのひとりだった。

本当は前から気にはなっていたけれど、誰も立ち止まっていない中で自分だけが立ち止まるのはなんとなく嫌だった。

改札を出て、私はちらっと彼の姿を見る。

大学生くらいなのかな。
いつも白のニット帽をかぶり、黒のダウンジャケットを羽織っている。

不定期だが、いつも夜遅い時間にやってきては歌っているようだった。

なんて切ない歌声なんだろう。

寒い冬の夜、温かいスープを飲んだように心に染みわたっていくようだ。

今日こそは、立ち止まってみようか…。

そう思った矢先、ちょうど曲が終わり彼が席を立つ。

今が話しかけるチャンスだ。
こんなチャンスもうないかもしれない。

私は考えよりも先に身体が動いていた。