都内の中堅会社で勤め始めて5年になる。それより以前は大きな出版社で働いていた。

沢山の仕事を抱え込んでキリキリとした毎日を送り続けていた30代半ば、無理をし過ぎて入院する羽目になった。

当時付き合っていた女性は、そんな俺との結婚を恐れた。


「私は健康な人がいいの。無理をして早死にしてしまいそうな貴方についていける程、強い人間ではないから」


口の皮は厚いくせに、よくもまあそんな言葉が吐けるものだな…と呆れた。

入院生活をしている間に彼女とは別れた。

それから仕事先を替え、大学時代の先輩が興したこの出版社に身を寄せた。


「お前が前の会社で貰っていたようなサラリーは、うちでは出せないと思うぞ」


笑いながら酒を勧める先輩に、そんなことは期待していません…と答えると……


「そうか、それを聞いて安心したよ。お前が納得のいく仕事ができるように、環境だけは整えてやろうと思ってる。俺はお前に期待しているんだ。やり手で名の売れた編集者として、大手企業で頑張り続けてきたんだから…」


発行責任者として名を連ねた本は多数あった。

先輩はその本を読んでは批評してくれる大事な人の1人だった。

目からウロコのような指摘をしてくれることもあった。

思いがけないアドバイスのおかげで、今も楽しく仕事が出来ている。


『津軽芽衣子』の作品に出会ったのは、先輩の会社に入り3年目が過ぎた頃だ。