* * *
「綾乃ちゃん、あのさ。」
「うん。どうしたの?」
「俺、明日からゼミ合宿って言ったよね?」
「うん、聞いてる。」

 そう言えばそんなことをもっと前に言っていた。健人は律儀な奴だから。

「作り置きできるものは作ってるよ。ポテトサラダでしょ。あ、ホッケは冷凍してあるから解凍して焼いて食べてね。えっと、それから…。」
「あのね、健人くん。」
「え?」
「あたし、年上成人女性。いない3日間で死ぬわけないでしょ。」
「…そうなんだけど。っていうか俺が死んじゃうかも。」
「はい?なんでよ。ご飯出るんでしょ?」
「…綾乃ちゃんと3日も離れるんでしょ。結構嫌だなって。」
「…何赤ちゃんみたいなこと言ってんのよ。」
「だって、付き合い始めてからこんな風に離れるのって始めてじゃない?」
「…そうか、な。あ、そうか。」
「…だから心配だなって。綾乃ちゃんのこともだけど、自分のことも。」
「健人はだいじょーぶ。ちゃんと勉強しておいで。」
「…うん。」

* * *

 と、そんなことを言っていた自分を思い出して、綾乃は深くため息をついた。健人のゼミ合宿2日目。昨日はLINEで連絡がきたけれど同年代と交流することも大事だと思って、もう寝るなんて嘘を吐いた。
 健人の味を口にすれば、もう一度ため息が落ちた。

「…赤ちゃんみたいなのは、あたしの方じゃん。」

 ガラにもなく、『寂しい』なんて思ってしまう。味が遠くでする。目の前に健人がいない。ご飯を美味しそうに食べてくれない。声がしない。体温がない。香りがない。この家に深く染みついた健人がいないと、こんなにも空白が多いのかと思うと驚くほどに。

「…って明日帰ってくるしね。早く寝よ。」

 そう思って浴室に向かおうとしたその時だった。綾乃のスマートフォンが震えた。

「え、着信?もしもし?健人?」
『あ、綾乃ちゃん。今大丈夫?』
「大丈夫だけど、どうしたの?何かあった?」
『…な、にも…ないけど。』
「え?」

 何もないけど電話とはどういう意味だろう。普段は健人と電話なんてしないから、電話をどういうツールとして使えばいいのかよくわからない。