* * *

「綾乃ちゃん、こっちきてー。」
「はーい。」

 嬉しそうに健人が綾乃を手招いた。タオルで髪を拭かれる。そういえばこの時だけは少しだけワイルドだ。

「うおっ!?」
「あ、ごめん!強かった?」
「あ、へーきへーき。いきなり視界が遮られたからびっくりしただけ。」
「タオルで水分取るのって優しくしすぎるとできないから加減が…ごめんね。」
「へーき。というか健人は基本優しいからちょっと強くしたくらいじゃ全然痛くないよ。」
「綾乃ちゃんを傷付けてなければいいんだ、うん。」

 触れてくる手が優しくなかったことなんて、綾乃が覚えている限りでは一度だってない。自分は割れ物でもなんでもないというのに(むしろ女子としては致命傷なほどに強いと思う)そんな風に大切に扱ってくれるからこそ、自然と身を委ねることができているのだと思う。
 ぶおーというドライヤーの音が鳴る。それと同時に髪に吹き付ける熱風。そして髪をすり抜けていく意外とごつごつしている指。綾乃は健人にドライヤーをかけてもらうのが好きだ。

「健人の料理もさー。」
「んー?」

 ぶおーという音が止まった。

「あ、ごめんね。健人の料理もって言ったの。」
「うん。料理がどうしたの?」
「料理も好きだし、髪洗ってくれるのも好きなんだけど、やっぱりドライヤーが一番好きかもって。」
「え、…え!料理よりも!?」
「あー…ごめん。日替わり、かもだけど。とりあえずドライヤー…好きだなって。」
「…びっくりしたけど、でも綾乃ちゃんが好きならいいや。」

 へへっと軽く笑って、また背後からぶおーという音が聞こえてくる。目を閉じたらそのまま眠ってしまいそうだ。

「ふわー…。」
「うわ!あ、もう眠い?」

 少し後ろに寝転びそうになった綾乃を見て、健人はそう言った。そっと綾乃の頭に添えられた手は優しさそのものだ。

「…んー…結構眠いかも。」
「乾くまでもうちょっとだから我慢してー。」
「…わかりました、おとーさん。」
「お父さんじゃないよ。旦那様ならわかるけど。」
「旦那様ってなんか変じゃない?でもお父さんって感じでもないか。パパーとか言われてそうだよね。」
「ぱ、パパ!?早くない?」
「早いか。ってかむしろ健人よりあたしが先にママになれよって感じだよね。」
「え、そこは同じでしょ?」