ついに来てしまったこの質問。
 さて、どうやって答えようか…。適当にはぐらかすのは…真面目な斎藤さんには無理だろうし、そもそも私がそこまで器用な人間ではないから不可能だ。今までは怪我を理由にして適当にあしらうことも出来ていたのだがやはりここまでが潮時らしい。
 「…一くん…これから言うこと、凄くびっくりするようなことかもしれないけれど…ちゃんと最後まで聞いてくれる?…っと、ちょうどお団子も来たし、食べながら話すよ」
 お待ちどうさま!と冷茶と串団子が二人分席に並べられ女性が他の方向に新たに接客に向かうのを見送るとじっと向かい側に座る斎藤さんを見つけて話し始めることにした。
 「…私は…本当は、この時代の人間じゃないんだ…」
 「…なに…?」
 「私が生まれ育ったのは平成時代なの。侍とか新選組なんて組織も存在していない平和な時代。事件とか物騒なことはたまに起きてるけどこの時代みたいに頻繁に戦が起きてるような時代じゃないんだ」
 冷茶を啜ると美味しい茶葉の香りが体中に染み渡るのを感じながら斎藤さんに視線を移すとやはり私が嘘か冗談でも言っているのではないかと疑っているようで眉を顰めながらお茶を飲んでいる。
 「…私はそこで、確かに事故に遭ったの。そうして気がついたらこの時代に、沖田総司っていう人になっていたの」
 「…幕府、などは…?」
 「もちろん存在していないよ。国は政府…えっと一応偉い人が大きな組織をつくって社会を築いてる感じ。…ここは京、だよね?でも私のいる時代では京なんて呼ばれ方はしていないの」
 私もどこから説明して良いのか分からない。とにかく少しでも斎藤さんに伝わるように言葉を選んだつもりだが、やはりにわかには信じられない様子で私のことを見ている。何かを探るかのような瞳、これは苦手だ。嘘や冗談で軽く流すことが出来ない眼差しを向けられると何を発して良いのかさえ分からなくなってしまう。
 「…総司は…見た目は確かにお前そのものなのだが…お前の名は?沖田総司ではない本当の名はあるのだろう?」
 「…藤原友里、です」
 「…なるほど…」
 まだ手が付けられていなかったお団子を口にするもののよく味が分からない。妙な緊張感のせいで味覚が正常に機能していないのかもしれない。
 逃げたい。
 でも、この姿で逃げればすぐに見つかってしまうだろう。どこぞの武士に出くわせば死闘も始まってしまうかもしれない。なぜ沖田の姿になってしまったんだろう、そんなことは私が一番知りたかった。しかも幕末なんていう物騒な時代に飛ばされたことにも再び苛立ちが募る。
 「…では、今後は総司と呼ばない方が良いか…見た目が総司のために複雑なんだが…」
 「!あ、いえ…取り敢えず呼び名はそのままで構いませんけど…その、信じてくれるんですか…?」
 「…取り敢えずお前は総司ではなかった、ということだろう?もしかしたらいつもの冗談が過敏なものになっているのかもしれないという可能性も考えたがそれにしても総司独特の雰囲気というものがお前からは感じられない。刀を扱うのも不慣れだったようだしな…個人の雰囲気というものはどんなに変えようとしても一朝一夕では不可能だろう。だったらお前の言うことを信じてみたほうが話しは早い」
 嘘をついているかもしれない、けれど嘘をつく理由がない。
 本来の沖田が持っていた雰囲気、オーラのようなものが私にはないから私の話しを素直に聞き入れたというのだろうか?
 「お前の不思議なところは初めてお前を見たところから不審な点が多かった。頭を打ちつけて混乱していたとしても日常のなかで染み付いた癖というものまではなかなか取り除くことは出来ないものだ。だが、お前はそれが無い。沖田総司である証拠を探すほうが難しかった。…正直お前の言う時代までは信じがたいし、新選組が存在していない世の中などありえないとは思うが…お前は話してくれた。だからなるべく信じることにする、オレなりに」
 「!」
 もっと問い詰められるのかと怯えていたせいで何も言えなかったこの数日感を無駄にしたと思った。すべてのことを信じてくれなくても良い、それでも話しを静かに聞いてくれる斎藤さんの存在がありがたかった。
 「…ありがとう…」
 ちょっと泣きそうになったけれど、さすがに沖田が人前で涙するのは想像つかないし、周りからも変な目で見られるのは嫌だったから必死に堪えた。きっと屯所の中で沖田の部屋の中で斎藤さんと二人きりだったのならば泣いてしまっていただろう。
 ただ、問題も更に大きくなってしまった。
 これから私はどのようにして過ごしていけば良いのだろう?沖田は刀を持たせれば向かうところ敵無しのようだったが、私はもちろん刀なんて扱えない。そうなれば自然と戦前に立たされることは無くなってしまうだろう。沖田からすれば戦えないと知れば怒るのかもしれない、何がなんでも戦地に立とうとするのかもしれないが、私からすれば大迷惑な話だ。
 「一応、副長には今聞いた話しをさせてもらうが…構わないか?」
 「…ん、たぶん一くんと同じ反応されると思うけど、ね…」
 初めてこの時代で心の底から安心して笑うことが出来た気がする。悩みは自分一人だけで抱え込んだりしないで吐き出してみるのが良いと言われているがまさにその通りだった。私の場合は、たまたま斎藤さんが話し相手だっただけ。
 「…だが、総司の中身…と言うべきか…?それはどこに行ってしまったんだろうな…」
 それは私にも分からなかった。
 現代の私が幕末時代の沖田に入ってしまったというのであればもしかしたら沖田の魂というものは現代の私の中に入ってしまったのだろうか?!そうであればあっちも大変だろう。確かトラックに衝突されて運が良ければ病院で手当をされているだろうが、運が悪ければ死んでいるかもしれない。元に戻る方法が分からない今、自分の身体のことを心配するのも変な話しかもしれないがせめて生きていてくれなければ元に戻っても素直に喜ぶことが出来ない。
 「…取り敢えず今までオレたちと過ごしてきた総司でないことはきちんと理解出来た。お前を外に連れ出したのはこの話しをしたかったのもあったんだ。…すまん、勝手に」
 「そうだったんだ…。でも、聞いてくれた一くんに感謝だよ。普通なら…っていうか、私だって逆の立場だったりしたら信じられないと思うし…」
 ふうと一息を吐きながら改めて冷茶を口にしていくととても安心する味わいを感じられた。最初の一口もとても美味しく感じられたけれど、胸のつっかえのようなものが取れてゆっくりと味わうことが出来る今、この瞬間にとても安心出来た。
 「見た目が沖田って人だから混乱するかもしれないけれど…ちょっとの間だけ我慢してくれると助かる、かな…?」
 「…承知した」
 軽く両手を合わせてお願いするように斎藤さんの顔を見ると苦笑いを向けられながらも頷いたところは見逃さなかった。
 ただ、やはり私は沖田として暫くの間過ごしていくしかなさそうだった。
 性別の問題も、実は別人の魂が入っているということも斎藤さんは副長である土方さんには相談すると言っていたがおそらくそれは他の隊士たちの耳に入ることはないだろう。変に騒ぎ立てられるのも迷惑だ。真面目な斎藤さんだからからかうように他の組長や隊士たちに告げ口をするようにも思えない。
 「…少しの間、お世話になります…」
 テーブルに額を押し付けるわけにはいかなかったもののこれから一人で過ごしていくことも出来ないだけに新選組にお世話になることを申し訳なさそうに頭を下げながらお願いしていく。