沖田総司として早くも数日を迎えるのだが、土方さんと斎藤さんの他に新選組が世話になっているという医者以外の姿は私のいる部屋に訪れることはなかった。土方さんが沖田は女性だから無闇矢鱈に部屋に行くことは禁ずる!などと新たな局中法度でも作成したのかもしれない(沖田が女性だと知る幹部だけに対して)。でも、土方さんは新選組の副長という立場で日々忙しい時間を過ごしていることだし、斎藤さんは私の身体を気遣ってくれているのか食事を運んでくれるだけですぐに部屋を立ち去って行ってしまう。
 さすがに誰とも会話を交わすことが出来ないと寂しいものだ。
 身体の具合も深手を負った傷は無かったのかすぐに起き上がることが出来たし、斎藤さんを真似て部屋に置かれていた刀を手にすれば最初はその重みにびっくりしながらも時間を置いては手入れを行うようになった。簡単に人を斬り殺すことが出来る代物を自分が手にしているなんて不思議な感覚になったが、あくまでも今の私は刀の手入れをしているだけだ。時代劇などのドラマの中では多くの人たちが簡単に刀を振るう姿を目にしていたから刀というものは軽いもので扱いやすいものだと勝手にイメージしてしまっていたが、実際の刀を手に持ってみると軽くて扱いやすいイメージはすぐに覆されるものになった。
 「打粉も丁寧に拭き取らないと…」
 先日、斎藤さんが丁寧に振った打粉を拭っていた様子を思い返しながら打粉を拭き取ると打ち立て、新品と言っても良いのではないかと思えるぐらい綺麗な刀身を目にすることが出来た。
 「…総司、少し構わないだろうか…」
 ほんの少しばかり襖が開かれると落ち着いた声が掛けられた。この声は、斎藤さんのものだ。
 「ん、大丈夫です…よ?」
 「…失礼する。…どうにもお前の口からそのような言葉を掛けられると慣れないのだが…まだ記憶でも混乱しているところでもあるのか?」
 しまった!
 なるべく自分としては気をつけていたつもりだが、出会ったばかりの男性と言葉を交わそうとするとどうしても丁寧語や敬語を使ってしまう。どうやら本来の沖田総司は新選組のなかでは飄々としているところがあって上司であるはずの土方さん相手にですらどこかからかいを含んだ口調で接しているところもあったのだと傷の具合を確かめてくれる医者の口から聞いていた。
 今の私は沖田として過ごしているのだからなるべく違和感を少なくしてそれらしく口調一つにしても気をつけているつもりだったのだが、唐突に声を掛けられたりするとボロが出てしまう。下手に沖田として過ごしていくよりも私本来の性格でやり取りをしたほうが良かっただろうか?でも、今更土方さんや斎藤さんたちにどのように説明をすべきか迷ってしまう。やはり、沖田を演じたほうが無駄な説明をしなくて済みそうだ。
 私が丁寧語や敬語を口にしているのは寝込んでいたことによって頭が混乱しているところがある、と医者からはそれらしい説明を土方さんたちにしてもらったようだが目を覚ましてかれこれ数日が経った今でも敬語を口にしていると変に思われてしまうだろう。
 「…ご、ごめんごめん。つい、ね…?」
 上司である土方さん相手にはとてもタメ口なんて無理かもしれないが、同じ組長という立場として戦地になっていた斎藤さん相手であれば多少崩した口調で話しかけたほうが自然なようだ。
 沖田は子どもっぽいところがある上に、他人に対して尊敬といったものが欠けているのかもしれない。
 まぁ、新選組という組織は血の気が高いという部分があるところは置いておくと、仲間うちでのやり取りというものはとても信頼が深いものがあるような気がした。他の隊士たちとはまだ顔を合わせたことは無かったものの部屋で休んでいればどこからともなく聞こえてくる稽古の声が聞こえてきたり、斉藤さんなんかは怪我を負った私に食事を運んでくれたり今のようにたびたび様子を見に来てくれることもあるから組織の絆のようなものは強いものがあるのかもしれない。
 「そ、それで一くん?どうしたの?」
 時間の感覚がどうにも分からないものの数時間置きぐらいには私が目を覚ましてからこうして顔を出してくれている気がする。土方さんもちょっと通りがかったという理由を述べては様子を聞いてくれる。こういった部分は沖田に対して信頼していると思われるのに沖田は飄々とした態度を取っているなんてちょっと私としては腹立たしい気持ちになった。
 「…いや、身体の具合はどうかと思ってな…まだ痛むか?」
 「え?あ、うん…。まだ少しは…でも、起き上がれないってわけでもないし、そろそろ外に出るのも平気かなって…」
 「それは駄目だ」
 「え?」
 「…一応、ここは男所帯で…女のお前には窮屈な場所になるだろう。外に出る特別な理由でも無い限りはここで大人しく過ごしたほうが良い。…オレで良ければ協力する」
 突きつけられた駄目の一言に少なからずショックを受ける。別に屯所にいる女性の姿は私だけではないらしい。時折、家事などの手伝いをするために近所に住んでいる女性が訪れることもあるそうだ。
 ここが本当に幕末時代なのであれば、何かと知りたい情報も多いことだし、新選組の象徴でもある羽織にも一度は袖を通してみたい気がする。羽織は討ち入りや見回りの際にしか羽織らないようだがあの独特の色の羽織には興味があった。それに外の街の様子も気になる。池田屋事件が終わったことで新選組という組織がどのように街に住む人たちから思われているのかも知りたいところだし、そういう街の声というものは歴史の教科書では知ることができないものだ。
 沖田総司を演じることになった以上は、下手に出回ることをしないほうが得策なのかもしれないが、身体の痛みも引いてきたことによってずっと部屋に引きこもってばかりいるというのは退屈に感じるようになった。
 「…でも、ずっと部屋で大人しくしていたら身体がなまっちゃうよ?少しは動き回らないと…」
 「それはそうかもしれないが…万が一怪我が悪化するようなことにでもなったらどうする?」
 仰る通りで…。まだ身体のあちこちには巻かれたままの包帯がひどく目立っている。傷自体はそう大したものではないはずなのに治りでも遅いのだろうか?
 「……子どもたちもお前の様子を心配していた。顔を出してやりたい気持ちはあるかもしれないが、やはり万全の状態ではないお前を外に出すのは躊躇われる…一人で出歩いているところを長州の者にでも襲われたらどうするのだ?その身体では対応が難しいだろう」
 あ。良いことを思いついてしまった。思い切って尋ねてみても良いかな?と斎藤さんの顔をじっと見つめてから躊躇いがちに口を開いてみた。
 「…だったら、一くんも一緒に外に出てみない?一緒にいれば襲われたとしてもきっと大丈夫だよね?」
 「!」
 そうだよ。一人で出歩くことが危ないなら誰かと一緒に行動すれば良いだけの話だ。私のことを知っている土方さんか斎藤さんが妥当だろう。そして上司で副長の土方さんは忙しそうだからここで斎藤さんを選抜するのは決して間違ってはいないはずだ。
 「…そ、れは…確かにお前の身の安全はオレが保証するが…」
 新選組の斎藤一もかなり腕が立つ人物だったと思う。どうしても新選組で有名な剣士と言えば沖田や土方のイメージが強いかもしれないが、同じ組長として隊士を率いているぐらいだから斎藤さんもそこそこ腕が立つだろう。
 「別に遠出がしたいわけじゃないんだよ?ほんの少し通りとか街に出て外の空気を吸ってみたいってだけだから、さ?」
 「……ふ、副長と相談してみることにする…善処はするが…無理だったら諦めろ」
 「!うん」
 やっぱり一つ一つの行動は局長である近藤さんか副長である土方さんの許可の元で行われることが多いらしい。私が怪我人だということもあって土方さんと相談したうえでどのぐらいの範囲で外出することができるのか検討してみるようだ。
 「…やはり以前のお前とは別人のようだな。前なら副長たちの意見も聞かずに勝手に出かけては知らぬ間に屯所に戻ってきていたようなお前だったのだが…池田屋の討ち入りの際に何かあったのではないのか?」
 ぎくり。
 何かあったというか、なぜか沖田総司になってしまっていた…なんて言ってもどうせ信じてくれないだろうなぁ。私自身なぜこんなことになっているのか分からないし…。これが夢落ちであったならばどんなに良かったことかここ数日の間ずっと夢でありますようにと寝ては過ごしてみたものの目が覚めて飛び込んでくるのは畳の敷かれた沖田が使用しているらしい部屋の中でいつもガッカリしている。
 「…それは、分からないけど…もしかして頭でも打っちゃったかな?なーんて…っ?!」
 「頭は平気なのか?!」
 私が冗談半分に話していけば途端に焦りを浮かべた様子でガシッと私の頭を稽古で鍛えられている硬い斎藤さんの両手で掴まれればまじまじと見つめられていくことに正直気恥かしさが募った。
 「だ、大丈夫…ごめん、冗談」
 「……そう、か…。いや、お前らしいと言えばらしいのだが…池田屋での一件はお前は気を失って倒れていたのだろう?その際に頭に傷でも作ったのではないかと思ったのだが…医者が言うには何もなさそうで安心した」
 斎藤さんは不思議な人だ。一見クールでどこか無口な人のような感じがするのだが、時々饒舌になるときがある。一つは刀を前にしたときだ。かなりの刀好きなようで何気なく刀の話題を振ってみるとたちまちクールな斎藤さんから熱い斎藤一という男に変貌していく。そして、少し冗談を真面目に捉えるところがあるようだ。たぶん根はとても真面目な人でまっすぐな人なのだと思う。飄々としている沖田と真面目過ぎる斎藤さんとのやり取りはある意味バランスが取れているのかもしれない。私がもう少し喋り方に気をつけることができるようになれば良いコミュニケーションも取れるだろう。あとは、副長でもある土方さんの話になったときにも少しばかり饒舌になる節がある。斎藤さん本人としては気がついていないのかもしれないがどうやら土方さんのことを尊敬しているようだ。詳しいことを聞くのは少し躊躇われてしまうが尊敬することの出来る人を身近に持つことが出来るなんてとても素敵なことだと思う。
 「ん?おい、襖開けっ放しで何してやがる?」
 斎藤さんの性格を私なりに解析していると少々荒っぽい声がほんの少しばかり開けられた襖を隔てた廊下から聞こえてきた。グッドタイミング!
 この声は土方さんのものだ。
 良い機会だから外出許可をお願いしてみようと視線だけを斎藤さんに向けると斉藤さんもそれなりに私の言いたいことを察してくれたのか襖を開けて土方さんと対面するなり口を開いていった。
 「副長。総司のことでご相談があるのですが…。そろそろ外に出て稽古の一つでもさせてみてはいかがでしょうか?ここ数日ずっと寝て過ごしてばかりいる総司には少し身体を動かす必要があるかと思われます」
 「?!」
 誰も稽古がしたいなんて言っていないよ、一くん!私は街に行ってみたいっていう意味で外出したいって言ったんだってば!
 真面目過ぎる斎藤さんのことをもう少し理解しておくべきだった。刀好きな彼はきっと日々の稽古を怠ることもないのだろう。そんな彼のことだから私が外の空気を吸いたい、外出したいと言ったことを身体を動かし稽古に参加させることだと勘違いしているようだ。
 「総司を稽古に、か?…だが、まだ本稽古にはツライんじゃねぇのか?」
 土方さんの鋭い視線が私に向けられると本当にこのままじゃ新選組の稽古に参加させられるはめになってしまうと察して慌てて口を挟んでいく。
 「あ、あの!稽古に出たいんじゃなくて、街に出てみたいって行ったんです、けど…」
 土方さんと斎藤さんと私との間に妙な間が空くと勘違いをしていたらしい斎藤さんは気まずそうに視線を逸らし、土方さんはと言えば私の言葉に苦い顔を浮かべている。