斎藤の名前も新選組では聞いたことがあった。諸説はいろいろあったらしいが無口だった印象が強く無駄なことはしゃべらないというイメージが彼にぴったりなような気がする。
 「…斎藤…斎藤くん…?」
 「……お前は、たまに「一くん」と呼んでいたが…」
 「…一くん…?」
 名を改めて呼んでいくと納得したように静かに首を縦に動かしていくのが見えた。どうやら、沖田は他人のことを下の名前で呼ぶことが多いのかもしれない。斎藤さんは先ほどよく沖田と勝負をしていたというからそこそこ新選組のなかでは仲が良かったのかもしれない。…単に腕が立つ人物が好きなのかもしれない、という考えも浮かんだがそこには触れないようにした。
 「か、身体のほうは…ホント大丈夫。一くんのせいじゃないし…この怪我を負ったのも自分のせいだから…気にしないで?」
 元々新選組という組織は数少ない精鋭で池田屋に討ち入りをした記憶がある。それでも尚、勝利をおさめることが出来たのは沖田をはじめとした腕の立つ侍がいたからだろう。
 とにかく幸いしたのは、今が戦真っ只中ではなかったことだ。刀を振るうことが出来ない者をわざわざ戦地に立たせるほど新選組は非情ではない…と思いたい。
 「性別のことも…特に気にしないで…って言っても知らされれば気にしちゃうか…。つ、強い女とでも思ってくれれば良いから…うん…」
 「……承知した」
 自分が自分で言ったことに少々納得いかない部分もあったのが斎藤さんにも伝わってしまったのか彼も不満気に眉を顰めたのが分かったものの静かな返答をされた。一応、余計に突っ込んでくることは無く平静に応えてくれる彼がありがたかった。ここで余計に突っ込まれたり、質問をされたりすれば答えようが無い。
 「…お前の刀はどうする?戻って来てからずっとそのままだろう?暫く刀は振るえなくとも刀の扱いはきちんとするべきだと思うが…」
 「あ。…ど、どうしよっかな…こんな身体だし…もし時間があれば一くんに頼んでも良いかな…?」
 「!良いのか、オレで…?」
 「え、駄目かな…?」
 「いや…。お前が良ければ…お前の刀にも触れてみたいと思っていたからな…」
 …もしかして、斎藤さんは刀好きなのだろうか?
 私の気のせいだったら良いのだが、部屋に訪れたときよりも刀の話に移った途端に目がキラキラ輝いているように見える…気がする。
 「…気のせいだったなら軽く流して、ね…?…一くんって…刀が好きなの…?」
 沖田のものらしい刀に触れようとしていた斎藤さんの肩が見るからにびくりと跳ね上がるのを確認するとどんぴしゃか!と内心で笑ってしまった。こんなにクールに見えるような斎藤さんにもきちんと人間らしい部分があることにちょっと安心したからだ。
 「…刀はオレたちの魂でもある。…好きか嫌いか問われたらやはり好きだ。…お前は嫌いなのか?」
 刀は侍の魂だとどこかで聞かされたことがある。斎藤さんの言うことにも一理あるだろう。ただ、目を輝かせるほどに好意を示すというのは余程興味があるということだ。
 「…嫌い、ではないけど…やっぱり人を斬るモノだし……こ、怖くなることは…ない?」
 「恐怖か?…刀で人を罰するのは当然だろう。こんな時代だ、他に罪人を裁く方法は難しいだろう。無論全く刀を扱うことに罪を感じないわけではない。オレたちは…いや、オレは自分が斬られる覚悟を常に持ちながら刀を手にして戦地に立っている」
 ど、どうしよう…。少し斎藤さんの言うことが格好良いと感じてしまった。現代からすれば許可無く刀を所持しているだけで罰せられるというのに当たり前のように刀を持ち歩いているこの時代からすれば常に刀に怯えながら生活している人も少なくないだろう。しかし、それは刀を持つ人だから危険な人というわけでもなく、刀を持たない人だから安全な人というわけでもないらしい。
 そして、なによりも私が斎藤さんのことを凄いと感じたのは自分が斬られる覚悟を持って刀を振るっているということだ。
 つい、刀を持っている人は血気盛んで悪く言えば人を切ることに何の躊躇いも無いのだと私は勝手な印象を抱いてしまっていたからだ。斎藤さんのような考えを持つ人が一人でも多くいれば世の中には犯罪なんてものは少なくなっただろう。
 「…一くんって、凄いね…そういう考えって格好良いと思うよ」
 「か、格好…良い…だと…?」
 「あ、えっと…何て言うか…本当に刀のこと大事にしているんだなぁって思った」
 「!…そ、そうか…」
 ぎこちない返答の後に斎藤さんは二本存在しているうちの一本の刀を手にするとスルリと音を立てることもなく鞘から刀身を取り出していけば所々黒いシミのようなものが目に止まった。それは、おそらく先日行われたとされる池田屋で切られた人たちの血痕だと思われた。
 現代に生きている私が本物の刀に触れることも目にすることだってそう機会があるわけじゃない。スラリと目の前で刀を鞘から抜かれれば刀はもっと怖いものだと思った。だって、それで簡単に人を殺せるでしょう?でも、不思議と怖いとは思えなかった。逆に斎藤さんが刀を持つ姿がとても様になっていて綺麗とさえ表現出来てしまうほどの一つの絵画にでもしたいほど似合っていたから。
 「…変な意味じゃなくて、一くんって刀を持つ姿…似合ってるね…」
 「…今まで寝込んでいて目覚めたばかりで一体どうした?お前らしくない…だが、似合っていると言われると…その、嬉しく思う…」
 男性の喜ぶ姿を目にするのはとても貴重でここぞとばかりにどんな表情を浮かべているのか気になり重い身体を引き摺って斎藤さんの表情を伺い見ようと思ったのだがなぜか私とは反対方向に顔を向けてしまって表情を見ることが出来なくなってしまった。
 …残念。とても残念だ。
 「……こちらのほうがお前はよく使っているだろう。…確か加州清光と言ったか」
 手にした刀をまじまじと見つめては刀身に付着したままの汚れを痛々しげに見つめると普段から手にしているのか着流しの中から拭い紙と打粉を取り出していけば優しい手つきで刀身を拭いていくと続いて打粉をポンポンと刀身に振り落としてから拭い紙で拭き取るという作業を何度か繰り返してからすっかり汚れの無くなった刀身を眺めるとそっと鞘におさめていった。
 斎藤さん自身も同じように刀の手入れを普段から行っているのかとても慣れた手つきだった。ついついその流れ作業に見入ってしまうと鞘におさまった刀の音に少しばかり残念そうに自然と口を開いていた。
 「凄い綺麗な手入れの仕方だったね。…ずっと見ていたいぐらいだったよ」
 「!……お前が望むならもうひと振りの刀の手入れもオレがしてやる。ひと振りするのもふた振りするのも大して変わらないからな」
 褒めたわけじゃない。本当に斎藤さんの手入れの仕方がスムーズでずっと見ていたいぐらいの丁寧な作業の仕方だったからこそ終わってしまうのが残念だと思っていれば残っていたもうひと振りの刀を手にして鞘から取り出しはじめた。
 「…こちらは、あまり使われていないが…お前のことだから手入れも不十分だろう。…こちらは大和守安定だったか…その刀身は虎徹に良く酷似していると言われているが…こちらも良い刀だ…少しはお前も時間をかけて手入れをしてやれ。共に戦地に立つのは人間ばかりではないのだからな。刀はお前自身でもある。お前自身がどんなに丈夫な人間でも刀が不十分では成果を上げることは出来ないだろう」
 …出た、斎藤さんの刀語り。やっぱり斎藤さんは刀が好きなんだ。刀好きといっても人を切る意味で刀が好きというわけでもなさそうだ。きちんと一本一本の刀身の造りを眺めてはその特徴をしっかりと覚えるように食い入るように見つめて丁寧に手入れを行っていく。
 …と言うか、沖田総司は刀の手入れは雑に行っていたのだろうか。自分の刀のことなのに、それは許せん…。
 刀を振るって人を斬ることは私の身体ではきついかもしれないが、愛刀を手入れするぐらいならばこの怪我を負っている身体でも行えるだろう。手入れに必要なモノも簡単に手に入るものだし、よほど不器用でない限り失敗をすることはないはずだ。
 「…本当は、ここに油も少しあれば刀の錆を防ぐことも可能なのだが…取り敢えずは応急処置程度には手入れをしておいた。これでも大分違うだろう」
 「ありがとう、一くん」
 素直にお礼を言うと沖田総司から素直に礼を言われるとは彼も思わなかったらしく目を丸くしてからすぐに表情を元に戻すと「大したことではない…」と告げて部屋から出て行ってしまった。
 あーぁ、また一人。
 でも、誰かいたらいたでいちいち顔と名前を覚えなくてはならないから面倒だ。沖田総司が実は女だったということもいちいち説明しなければならない人とも出くわすこともあるだろうし、きっと身体のことを気遣ってくれて食事を運んで来てくれる人もいるかもしれない。
 それにしても沖田が使っていた刀というのはどうにも舌でも噛みそうなほどの名前らしい。さすがに使っていた愛刀の名前までは私は知らなかったので斉藤さんが教えてくれなかったら未だにどんな名前の刀を使っているのか分からなかっただろう。
 加州清光と大和守安定か…偉人の使う刀ってどれもこれもが凄い名前を付けられているけれどこのふた振りも凄い名前だと思う。
 残念ながら一般人として生まれ育った私は刀の善し悪しなんて分からなくて刀身だけずらりと並べられてもどれも同じものにしか見えなかっただろう。
 斉藤さんは刀は自分自身でもあると言っていた。確かに、同じ戦地に赴くものとしては相棒といった存在になるだろう。
 「相棒か…素敵な響き…」
 家族とも親友とも異なる「相棒」という響きは初めてだ。
 沖田総司はどのように刀を扱っていたのかは分からないが、私個人的には丁寧に刀の手入れをしてあげたいと思った。刀も大事だが、何よりも今までずっと誰よりも傍にいてくれた相棒たちなのだから。