あれこれ私が言葉を挟むよりも土方の言う言葉に従い過ごしたほうがある意味不自然ではなさそうだ。私が沖田ではないといくら言い返してみたら最悪の場合彼の持つ刀で切られるかもしれない。
 「…す、すみません。実は…女だったんです」
 本物の沖田総司さん、ごめんなさい。ほんの少しだけ沖田総司を演じさせてください。どうせこの身体じゃ幕末時代にありきたりな戦や新選組のお仕事といったものも控えさせてくれるだろう。
 「全員に性別のことを告げるのは面倒だな…何言われるか分かったもんじゃねぇ。取り敢えず幹部のヤツらにだけ知らせとく。…それで本題だが身体の具合はどうだ?傷口には簡単に手当は済ませておいたが…替えの薬は必要か?」
 「あ、この手当…えっと、土方さんがしてくれたんですか?」
 「ば…っ、オレがするわけねぇだろうが!ウチが世話になってるとこの医者だ医者!」
 何を勘違いさせてしまったのか分からないがどうやら女性の身体だと分かったところで医者に手当を頼んだのだろうと察しがついた。
 「…ありがとうございます」
 手当をしたのは別のところにいる医者かもしれないが、土方にもこうして安静に寝かせてくれていることには感謝の気持ちでお礼を告げるとまたもや何度目かになる驚きの表情を向けてきた。…人間として当たり前なことを言ったつもりだったのにどこか変だっただろうか?と疑問を浮かべていけば土方さんは苦笑いを浮かべた。
 「お前が素直に礼を言うとか…明日は大嵐にでもなりかねねえな」
 …なんだか土方さんと言葉を交わしていくうちに沖田総司という人物像が見えてきた気がする。
 まず、簡単に礼を言うような素直な人ではないこと。
 そして、他人をからかうことが好きで子どもっぽい気質がありそうな人だということだ。
 実際に私が沖田総司に会ったことも接したこともないのだからどのような性格をしているのか分からないものの土方さんとの数分間のやり取りのなかでちょっと素直ではなく子どもっぽい性格でもしているのかと思えた。
 「…身体の傷はそのうち大人しくしていれば治るようだが…お前が発見された場所から吐血の跡が発見されていてな…。内蔵のほうは傷めてるんじゃねぇのかって山南さんたちが心配してたが…」
 沖田は新選組のなかでも相当な腕の立つ人物だと有名だ。吐血と聞くと沖田や偉人たちが悲しくも身に受けたことで亡くなったと有名な肺結核が頭によぎった。沖田が本当に病死したのかまでは私は詳しくは知らないものの沖田の最期は病死だった記憶があるからこそ沖田は歴史上において有名人の一人でもある。侍は侍として戦のなかで命の最期を迎えてこそ誇り高いものがあるのかもしれないが、病によって床に伏せり戦に参加したくても刀を持たないまま最期を迎えるというのは侍にとっては屈辱的だろう。
 「さ、さぁ…?打ちどころが悪かったんじゃないかと思うんですけど…」
 たぶん、素直ではない沖田の性格上自分の身体のことを素直に他人に相談するようには思えず、適当な理由を付けては土方さんを納得させることにした。意外にもその理由は土方さんを納得させたものだったらしく、特に病にかかっているのではないか?といった疑問や質問をされることはなかった。
 「一応、湯と新しい布を持ってきたから可能な範囲なら自分で手当をしろ。お前のことだったから背中を切られるようなことは無かったみたいだしな」
 敵に背中を刺されることが無いのは相当腕が立つ人物だったというのは本当のことらしい。実際痛みを発しているのは胸元や腕、足といった数箇所だけだった。
 土方さんは取り敢えず私の顔色を見て安心するとスクッと立ち上がれば背中を向けてそのまま部屋から出て行ってしまった。新選組のことに関していろいろと聞きたいことがあったのに残念だ。美形青年との会話も終わりかと思うと淋しいところがある。
 土方さんが部屋を出て行くと改めて自分の身体の具合を確かめてみることにした。やはり背中に痛むような場所は無く、酷く包帯が巻かれているのは肩口だったり、足元辺りの痛みが激しい。当たり前のように着流しに親しんでしまっていたが土方の姿がなくなったことによって部屋をぐるりと見渡してみるとそう遠くない位置に日本の刀が置かれていた。残念ながら身体を傷めている今の身体では本来の沖田総司のように刀を振るうことは出来ないだろう。血気盛んな新選組の連中が多いとされているから剣の相手になってくれと言われることもあるかもしれないが、この怪我を理由にすれば不自然がられることなくその場を流してしまうことが出来るだろう。
 「…でも、トラックに当たってなんで幕末時代に来たんだろう?」
 しかも、なぜか新選組の沖田の身体になってしまったらしい。特別、新選組ファンというわけでもないし、沖田の人生観に憧れているというわけでもない。寧ろ新選組は荒っぽいイメージが私の中で勝手に作られてしまっているし、侍としての人生を全うすることが出来たという人間は数少ないだろう。沖田もそのなかのうちの一人のはずだ。歴史上では病死と知られている沖田の人生をやり直させるつもりなのだろうか?いや、剣道も習ったことがない私では刀はおろか竹刀もまともに振るうことが出来ないだろう。
 そして、土方さんの話では有名な池田屋事件は澄んだ後らしい。新選組の討ち入りのなかでは特に有名な話の一つだったはずだ。
 私はこのまま病を抱えた身体で死ねと言われたようでなぜか悲しい気持ちよりも苛立ちを募らせた。なぜ私なのか?どうして今更幕末にトリップされなきゃならないんだ!と。
 一人ぶつぶつと苛立ちを口に出すのも変な人間だと思われてしまうのもどうかと思い心のなかで不満を爆発させているところに襖をほんの少しばかり開けられたところで外から声が掛けられた。
 「…総司、少々構わないだろうか…」
 とても落ち着いた、抑揚の無い声色だった。
 「ど、どうぞ…?」
 本来の沖田ならばなんと応えただろうか不安になりながらスッと静かな音を立てて部屋に顔を出してきたのは土方さんとはまた違った意味での美形な男性だった。
 おそらく土方さんよりは年齢は下だろう。ただ、年齢の割には声も落ち着いたものだったし、もう少し愛想良くしたらそこらじゅうの女性たちは虜にしてしまうような格好良さのようなものがあった。土方といい、この年若い男性といい、もしかして新選組には美形が多かったのだろうか?ただ、歴史の教科書で見たような髷というものは土方もこの男性もしていない。新選組の証とも言っても良い羽織も着ていないことから今は職務外の時間だと思われた。
 「先ほど副長からお前が女だということを知らされたが…オレも全く気がつかなかった。今まですまん…」
 私が女性だということを知らせるのは幹部関連の者だけだと確か土方さんは言っていたからこの男性は自然と幹部の者だと気づかされる。しかし、なぜ急に謝りだしたのかが分からない。
 「…えっと、どうしてそこで謝る…謝るんですか?」
 私は彼とは初対面だからこそ丁寧な言葉遣いで話しかけたもののやはりこういった口調は本来の沖田らしくないのかこの男性も一瞬不思議そうな表情を浮かべたもののすぐに表情を引き締めたものに変えた。
 「女の身体に無理をさせていたのではないかと…。…今までお前とは何度も勝負をしてきたが…無理が祟って先日の討ち入りではらしくない怪我を負ったのではないかと…心配をしたのでな…すまん」
 「だ、大丈夫…これぐらい何とも無いから…それと、一応記憶がごちゃごちゃになっていて間違っていたら嫌だから名前を聞かせてくれない、かな…?」
 「…斎藤一だが…名前を忘れるほどに重症なのか…?」