二月、人事異動があり、那智は秘書になった。

 専務室の窓から外を見る。

「綺麗な夕焼けですねー」
と伸びをしかけて、止められる。

「手を挙げるな」

 こちらを振り返らないまま言う遥人を振り返り、よくわかったな、と思った。

「手を挙げろってのはよく聞きますが、手を挙げるなってのは珍しいですね」

 遥人は椅子を回して振り返り、
「妊娠中は手を挙げるとよくないって言うじゃないか」
とまだ生まれてもいないのに、既に父親の顔になって、言ってくる。

 桜田さんもこうだったのかな、と思うと、なんとなくおかしくなってくる。

「それにしても、甘いですよね。
 甘々ですよね、お父様。

 父親ってみんなこうなんですかね?」

 この間の騒動を誰も知らないことをいいことに、梨花の婚約が白紙になっただけで、遥人の立場は変わらないままだった。

 まあ、その代わりに、遥人と政臣の関係もオープンにされないままだったが。

 みんなはまた、梨花が浮気して、破談になり、その詫びとして、遥人を専務の地位に置いているのだろうと思っている。

「会社乗っ取るもなにもないですよー。

 此処まで登ってこいって。
 ほとんどハシゴかけて、手招きしてるじゃないですか」

 うるさい、と赤くなる遥人を見て、那智は笑う。