遥人は専務室から、下を眺めていた。

 此処に居るのもあと少しか、と思う。

 自分のような若造には過ぎた場所だった。

 だが、あの人の近くに行くにはこれしかなかった。

 前会長は体調を崩したことを理由に人前には出なくなっていたから。

 だが、可愛がっている梨花の結婚式には必ず来るはずだ。

「……那智」

 彼女のことだけが唯一、心残りだ。

 声をかけるんじゃなかったな、と思う。

 那智の心に傷を残してしまうかもしれない。

 自惚れかもしれないが、そう思う。

 だが、今更、止めることは出来ない。

 あの日から、そのためだけに生きてきたのだから。

 警察に呼ばれて、母の遺体を確認した。

 白い布の下の母親は普通に笑っているように見えた。

 昔、自分を穏やかに笑って送り出してくれていたときみたいに。

 母親を殺した当人は、既に警察に捕まっている。

 だが、自分が恨んだのは、そいつではない。

 こんな状況にまで母を追い込んだ人間だ。