夜風の冷たさを実感し始めた十月。私は一人、家路を急いでいた。

 私が借りているのは五階建てのそう新しくもないマンションだ。
 昔は、ダイエットの為に毎日階段を上り降りしていた。

 でも、そんな気力はとうに無くしてしまった。

 存在を主張する階段の前を素通りして、私はおとなしくエレベーターのボタンを押した。


 最上階の角部屋を選んだのは、私の小さなこだわりだ。
 窓を開ければ、ベランダの向こうに玩具みたいに小さな東京タワーが見える。


「ただいま」

 もう誰もいないってわかってるのに、これだけはいまだに止められない。

 私は重い玄関のドアを閉めると、一つため息を吐き出した。