『矢加部はん』


『え?』


不意に名を呼ばれた矢加部は、思わず肩をすくめた。


見ると、ユメは脚をモジモジさせて辺りをうかがっている。
夕陽のせいか、その頬が少し染まっているようにも見える。


『ちょっと小用に行きたなって来たわ。
あそこでしてくるから、誰か来んか見張っといてくれへんか?』


ユメはそう言うと、少し先に見える竹林を指差した。


『あ、ああ…わかった。
行っておいで』



『あんがと!』


ユメは軽快な小走りで竹林へと向かって行った。


『ちゃんと見張っといてやー!』


竹林の手前で立ち止まったユメは振り返り、矢加部へと声を投げた。


その幼子のような愛らしさに思わずニヤケながら矢加部が手を振り合図をすると、それに満足したのかユメは竹林の中へと姿を消した。


『天女様も小便するのか…』


そう独り言を呟いた矢加部は、自分の胸に悪戯心にも似た感情が沸き起こってくるのを感じた。


(あの気丈で美しい女の恥態…目に焼きつけておきたいねぇ…)


その欲望は一気に矢加部の頭を満たして支配し、足は自然とユメが消えた竹林の方へと進みだしていた。