『先日の対外試合での見事な三人抜き、圧巻であったな』


座敷内に漂う暫しの静寂に俯く時夢の顔を上げさせたのは、神田の声だった。


『名門橘の子とはいえ、娘っ子一人に教え子の男児三人がことごとく負けたとなると、あの道場もお先真っ暗だな』


今までは目すら合わなかった神田から初めて声をかけられたことに戸惑う表情で立ち尽くしている時夢に、神田は話を続ける。


『いいから行きなさい』

一刻も早く、娘と神田を引き離したい様子の時継が時夢へと声をかける。

しかし、時夢はまるで床に足が根を張ったようにその場から動けないでいた。


『アンタ…あの場所に居たんか…?』


『ああ、剣術に汗をかく姿…じっくり拝見させてもらったぞ』


時夢の震える声での問いに即答した神田は、まとわりつくような目で時夢を見つめる。


その視線が、身の毛がよだつほどの嫌悪感を時夢の全身に駆け巡らした。


『フフ…いい女に育つだろうに、勿体ないとは思わんか?』


神田はそう笑うと、顔を時継の方へと戻した。


『時夢、父の言うことを聞きなさい』


時継は神田の言葉を無視し、娘へと静かに然れど強く声をやる。


『橘の後継ぎには弟の時道でよいではないか。
女なんぞを当主にすると、橘は潰れるぞ…』


その神田の言葉を聞いた瞬間、時夢は胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。


家族団欒を土足で踏み荒らしたこの男に、さらにその上、橘や父と自分を愚弄されたような気がしたのだ。


(こいつ殺したる…!)


時夢が無意識のうちに竹刀を持っていた腕に力を込めた瞬間、それを大きな手がガッチリと握り止めた。


驚いた時夢が目をやると、そこには祇園が立っていた。


『トージ…』