橘時夢は、ぽっかりと空に浮かぶ満月が照らす河原に一人佇み、対岸の先に広がっている灯籠と提灯に彩られている夜の町を眺めていた。


『終わったようだな』


背後からの聞き慣れた男の声に、時夢は少しだけ反応したが振り返りはしなかった。


『後継ぎが死ねば、矢加部家も京の商人の縄張りを荒らそうとはしないだろう』

男は構わず話を続けながら時夢の隣に立ち、同じように対岸の町へと視線をやる。


まるで夜を切り取ったかのような黒衣姿の侍は、黒笠の下から鋭い眼光をのぞかせている。


『神田はん』


時夢に名を呼ばれた男は、おもむろにその綺麗な横顔へと視線を移した。


『剣の時代は終わり、これからは商人が國を動かしていく…って、アンタは言うてたけど、その商人を護るのが剣やと言うんなら…』


時夢はそこで言葉を切り神田の顔を見つめた。


時夢の瞳はどこか哀しげで、何かを求めるかの如く神田を映している。


『この京國が生き続く限り、剣も、橘も…活き続けられるんやな…』


確認にも似たその言葉に神田は何も答えず、時夢の顎に指を添えた。


そして、ゆっくりと顔を近づけその柔らかな唇に口づけた。


神田のゴツゴツした大きな手が、時夢の浴衣の隙間から入り込み滑らかな肌を執拗にまさぐる。


特に拒絶する様子も、受け入れる様子も見せない時夢は、ただただその虚無の瞳に空で嘲笑っているかのような満月を映していた―――――…。