石廊崎をあとにした、ボクたちは、稲取にある旅館『望洋館』を目指した。
夕闇に黒く姿を変える海を右手に見ながら、海沿いの国道を走る。
助手席のひとみさんは、その黒く染まりゆく海を眺めている。
きっと、その視界の隅にはボクが入り込んでいるだろう。

彼女の瞳には、ボクはどういう風に映るのだろうか?

ふと、そんなことが気になる。

カーナビか目的地に着いたことを告げた。
ボクらの車の音に気付いたのだろうか、玄関が開き和服を身に纏った女将が姿を見せた。

「お待ちしておりました。新田様で御座いますね?」

40代中頃だろうか、細面の女将は恭しくボクたちを迎え入れた。
玄関をくぐり、ボクは建物内を見渡した。
古いながらも、綺麗に磨かれた床や柱に好感が持てる。

「お疲れのところ、申し訳御座いませんが、新田様、こちらの台帳にお名前、ご住所のご記入をお願いいたします」

女将に促され、ボクは自宅の住所、そして自分の名前である新田駿平と台帳に記入した。
そして、ひとみさんに筆ペンを渡した。

「ねぇねぇ、駿平君、私、新田ひとみって書いちゃってもいい?」

ひとみさんはいつもの調子で軽口を言ってきた。

「ひとみさん、アナタは新田姓じゃありませんよね?ウソはいけません」

ボクの言葉に、彼女はため息をついた。

「まぁったく、冗談の通じない子ねぇ」

そんなボクらのやり取りを、女将さんは不思議そうな顔で眺めていた。
そして、ふと、ボクの顔をまじまじと見つめ始めた。

ほらぁ、ひとみさんのせいで、女将さんが不審に思っちゃってるじゃないか。