「は~、流石は社長の別荘。
凄いですね~」

私の感嘆を無視して、彼はさっさと目的地へと向かう。

海岸に面した小高い崖の白い家は、館といっても差し支えない大きさだった。

ザザーッと打ち寄せる波の音が聞こえてくる。

「奥様、社長に言付かって参りました」

「あら、いらっしゃい」

病床から上品に笑った奥様に、大神さんは斜め45度の完璧なお辞儀をする。

後ろで私もマネをする。

少しぽっちゃり体形で、いかにもお嬢様全とした色白美人の奥様。
年の頃は社長と同じ、50代か。

「まあ、大神くん、その人は?」

気のせいかもしれないが、トロリとした声色に、少し険がある。

「ああ、済みません、今年入りました、新入社員で、私の部下です。おい、赤野くん、あれを」

花束と果物を渡すよう、目で合図を送る。

「社長から預かって参りました」

嘘ばっかり。

横目で彼を一瞥しつつも、慌ててそれらを渡そうと歩み寄る。

と、彼女は明らかに眉根に皺を寄せた。

「カサブランカね…折角なら大神くんから貰いたいわ」

「これは失礼しました。…赤野、貸せ。」

奥様には聞こえないように、語尾のトーンを下げると、私の手から花束を奪った。

「どうぞ、奥様」

響くテノール、蕩けるような笑顔。

大きな白い百合の花束が、馬鹿馬鹿しい程よく似合う。

…ホストか、あんたは。

「ありがと。…ちょっとあなた?」

耳元を赤く染めた奥様を、唖然と見ていた私は、突然の声にビクッと肩を震わせた。

「これ、活けてきて」

「は、はいぃ!」

ぞんざいにそれを手渡すと、窓辺の花瓶を指さした。

“早く行け” との大神さんの手振り。

もう、“仕事” は始まってるようだ。

私は打ち合わせどおりの動きを開始した。