虎之助たちが尾張の柳生屋敷にきて、ひと月あまりが流れた。

太陽が徐々に西に傾きはじめたとき


「ん?」


屋敷の庭にたたずむ虎之助の目に、こちらに向かって歩いてくる男の姿が映る。

虎之助を確認した相手は、虎之助に親しげに話しかけてくる。


「よう虎、元気でおったか?」

「じ、十兵衛様!」


十兵衛のいきなりの訪問に、虎之助は驚いた。


柳生十兵衛三巌――

柳生但馬守宗矩の長男であり、現在は江戸で将軍家光に仕えている。

…はずであった。


「十兵衛様、またしても将軍様の勘気に触れなさいましたか…」

「ち、違うわ、馬鹿者!」


情けない目で問いかけてくる虎之助に、十兵衛は焦って怒鳴る。


「柳生の里に用があって帰るところだが、そのまえに利巌殿に挨拶しようと思っての」


十兵衛は、旅で汚れてボロボロになった姿でそう言った。