暖かくなった。

この間までの厳しい寒さが、嘘のようだ。

浪人風情の根津虎之助(ねづとらのすけ)は、尾張にある目的の屋敷にたどり着く。

彼は、屋敷を囲む塀のそばで、後ろを振り返る。

一緒に旅をしてきた手下の五人が、じっとこちらを見ている。


「お前たちは、ここにいろ」


虎之助はそう言うと、自分の頭を越える塀を一気に飛びこえ、屋敷の庭にその身を沈める。

三十半ばの年にしては、身が軽い。

屋敷の中には人がいるのであろうが、庭の様子を見るかぎり近くに人気はない。

会うべき人物は、この屋敷の当主だ。

虎之助は、自分たちをここへ送りこんだ主人の言葉を思い出す。


『あのお方に出会ったなら、斬ってもよいぞ』


主人は、ニヤリと笑いながら言った。


『ただし、おぬしらが斬ることができれば、の話だがな』