通勤電車の中、花音は今日も宙に浮いていた。

 満員電車の中で、みんなの身体に押されて、持ち上げられ、足がつかない。

 倒れなくていいと言えばいいが、前後左右から押されて、肋骨が折れそうだった。

 今日は特に混んでるような、と思っていたら、駅に着いた途端、一気に学生たちが降りはじめた。

 彼らの会話から察するに、近くで音楽会があって、みなそれに参加するようだった。

 人波が出口に向かい、自分も持って行かれそうになる。

 待って~っ。
 私、此処で降りないからっ、と暴れたとき、流れに逆流しようとしたせいで、すっ転びそうになった。

 うわっ、と思った瞬間、誰かが花音の腕をつかんだ。

 それで持ちこたえた隙に、なんとか、爪先が床に着いて踏ん張り、こけずに済んだ。

「あ、ありがとうございますっ」
と空いてようやく見えるようになった床に膝をつき、見上げる。

 本当に高校生か? と問いたくなる、巨人のようにいかつい少年たちに囲まれた花音は、彼らの隙間から自分の腕をつかんでくれている手を見た。

 細くて長い指。

 繊細そうだが、明らかに男の人の手だった。

「あのっ」
と言ったが、その手は花音が体勢を立て直したのを見極めたかのように、花音を離し、制服の波に消えていってしまう。

 立ち上がって、お礼を言わなきゃ、と思ったのだが、その瞬間、扉が閉まって、電車が動き出した。

 揺れた弾みに、しゃがんだままの花音はおじさんのお尻に頬を張り倒される。

「いてて」
と思ったとき、

「大丈夫か?」
と声がした。