「今日からここが大澤のうち」

促されて入ったのは、会社まで徒歩で十分という、夢のような場所にある白色の真新しいマンションの一室だった。

五階建てのデザイナーズマンション、その二階部分の角部屋。
建物は定規で計ったように真四角で、エントランスの前には曇りガラスでできたオブジェと、オリーブの木が植えられている。

うちの築ニ十年のボロアパートとは比べ物にならないくらい、お洒落でさらにセキュリティも万全といった感じだった。

私は「おじゃまします……」と小さい声で言ってから、ここに来る途中で荷造りして持ってきた大型のトランクをごろごろと押して中に入る。

「ここ、自由に使っていいから。段ボールは端に寄せておいて」

そう言って通された部屋は、玄関から入ってすぐの場所にある六畳ほどの洋室で、中にはグレーのソファーベッドと段ボールニ箱だけが置かれていた。
引っ越してきた時の荷物がそのまま入っているのだろうと思わせる、引っ越し会社のロゴがついた段ボールだ。
普段は物置として使っている部屋なのだろう。

「あとトイレとか風呂の場所、教えるから荷物置いてこっちに来て」

ソファーベッドの隣に自分のピンクのスーツケースを置いて慌てて水嶋さんのあとを追う。

廊下を進みながら次々とドアを開けて、トイレとバスルーム、それに水嶋さんの部屋を教えてもらい、最後に突き当たりの硝子扉を開けると、そこは十畳ほどのリビングだった。

ベランダに面した窓はとても大きく、昼間だったらきっと、照明をつけなくても十分明るいだろうと思った。

まるでお洒落なカフェにあるような、ふたり用の白いダイニングテーブルと二脚の赤い椅子。
リビングには毛足の長いモスグリーンのラグが敷いてあり、ヴィンテージ調の木目のローテーブルとブラウンのソファが置いてある。

「あー、腹減った。なんか作れる?」

水嶋さんは肩にかけていたスーツをダイニングチェアの背もたれにかけると、ため息をついた。

それもそのはずで、壁にかけられたお洒落なガラスの時計に目をやると、もう九時を過ぎている。

「冷蔵庫を開けてもいいですか?」

名前と部署名しか知らない人の部屋で、冷蔵庫の中身をチェックしている。
この状況は確かにおかしいけれど。
いろいろ聞きたいこともあるけれど。
だけど、私もお腹が空いていた。
とりあえず何か作って、お腹を満たしてから考えよう。