「明日、俺帰り遅くなる」

夏生がそう言ったのは、翌日の夜のことだった。
私たちは晩ごはんを食べている最中で、メニューはマカロニグラタンとひよこ豆のスープだった。
夏生はひよこ豆を初めて見たと言って、珍しそうにしげしげと眺めていた。

そして、その後で思い出したように言ったのだ。

私はすぐに返事ができなかった。

「しずく?」

「あ、ごめん。明日ね。ご飯は?」

「いい、食べて帰るから」

「そっか。りょーかい」

誰と?とは聞けなかった。
私に聞く権利はないし、夏生に答える義務もない。

だって、私が言ったのだ。

『 私だって夏生が誰と会っていたって文句言わないんだから、夏生だって、私がなにしたってほうっておいてよ』

喧嘩した時、私がそう言ったのだ。

夏生は、ひよこ豆のスープをおいしいと言いながら、スプーンですくって食べている。

「治りが早いのはさ、しずくの手料理のおかげなんじゃないかな」

「すごい回復力だって、先生も言ってたね」

今日の会社の帰り、ふたりで行った病院で、レントゲン写真を見た先生に、そう言われた。
私が見ても、相変わらずなにひとつ変わっていないように見えたけど、夏生の骨は着々と治ってきているらしい。

「ひとりぐらしの時より、確実にいいもん食べてるもん、俺」

初めて来た日、夏生の部屋の冷蔵庫はほとんど、なにも入っていなかった。
今、その冷蔵庫には私が入れたたくさんの野菜やお肉やお魚が詰まっている。
突然、たくさんの食材を入れられて、冷蔵庫は少し戸惑っているかもしれない。

「しずくはいい奥さんになるんだろうな」

夏生はそう言って微笑むけれど、それは、どこか他人事みたいな言い方で、私の胸は痛くなるだけだった。