翌朝、目を覚ますと隣に夏生の姿はなかった。

夏生が寝ていた場所に腕を伸ばすとまだ温かい。
しばらく、その温かい場所に手を入れていた。
夏生が残したぬくもりは、まるで夏生そのものみたい。

飲んだ翌朝特有の体のけだるさと、泣いた後特有のまぶたのはれぼったさがある。
時計に目をこらすと、まだ六時前だ。

静かにドアが開いて目を向けると、パーカーとスウェットパンツ姿の夏生と目が合った。

「おはよう」

夏生は私にゆっくり近づいてくると、私の顔を見て顔を少ししかめた。

「あーあ。やっぱり。目が腫れてる」

「うん、そうだと思った」

いつもの半分くらいしか開かない目をごしごしとこすったら、「こすっちゃだめだって」と夏生に手を掴まれる。

「こういう時は冷やすといいんじゃないの?」

夏生がケーキを買ったときについてくるような、小さな保冷剤をタオルにくるんでまぶたの上に載せてくれた。
私はうっとりと目を閉じる。
ひんやりして気持ちがいい。

「昨日のことだけど……」

そのまま目を閉じていたら、夏生が布団をめくり、私の隣に寝転ぶ気配がした。
私は目を閉じたまま、夏生の言葉を待つ。

昨日のこと。
夏生が私に嘘をついて女の人と会っていたこと。
私が加地くんと遅くまで一緒にいたこと。
夏生のことを大嫌いだといったこと。
もう家に帰るって泣いたこと。

たくさんありすぎて、どれのことかわからない。

だけど、どれも私にとっては胸が苦しくなることばかりだ。

「……しずく、やっぱり家に帰りたい?」

それか……。

一番、したくない話し合いがそれだったのに。

「……ええと、しずくがどうしてもって言うんなら、俺には止める資格はないってわかってる」

本当の恋人じゃないんだし、と夏生は小さな声で付け足した。

『本当の恋人じゃない』

昨日の夜、自分が言った言葉なのに、夏生に言われるとこんなにもつらい言葉だとは思わなかった。

鼻の奥がつんとする。

「だから、しずくが決めてくれればいい。帰りたいなら今日の夜にでも送るし。今すぐのほうがいいなら今から送るし」

ぐすっと鼻をすすると、夏生が半身を起こすのがなんとなくわかった。
ぎしっとベッドが揺れる。

「なんで、泣くの?」

そっとまぶたの保冷剤が取り除かれて、目を開けると夏生が心配そうに私を上から見下ろしていた。

「しずくは本当に泣き虫だな」

夏生が私の涙を親指で拭った。

「……私がいなくなっても、夏生は餓死したりしない?」

「いや、するよ。絶対にする」

夏生は少しだけ頬をゆるめて即答した。

「じゃあいる。腕が治るまでは。夏生が餓死したら大変だもの」

「そっか」

夏生は私の髪をなでた。
それから、耳元で小さな声で「ありがとう」と言った。