いつもなら満員の地下鉄に乗っている時間に、こうして空の下を歩いているのは新鮮で気持ちがいい。
道路脇に落ちている、街路樹の落ち葉の上を私はわざと歩き、枯葉のカサコソという音を楽しんだ。
水嶋さんに何度も「早く歩いて」とせかされ、そのたびに「すみません」と謝っていたら、あっという間に会社の近くまで来ていた。

「俺、メイズ寄っていくけど、大澤は?」

水嶋さんがバッグから取り出した社員証のネームホルダーを首からかけながら聞く。

「あ、私も寄ります」

一階のメイズでは、社員は社員証を見せればいつでもコーヒーが無料で飲めるのだ

二人で並んでいると、数名の女性社員に会い、そのたびに水嶋さんは質問攻めにあっていた。

「水嶋さん、腕どうしたの?」
「かわいそう、大丈夫ですかぁ?」
「困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」

そんな彼女たちの質問に、水嶋さんは「ちょっとね」とか「ありがとう」なんて、笑って答えている。
私をかばって怪我をしたことは内緒にするつもりのようだ。
どんな理由があっても、階段から落ちた、というのは格好悪くて言いたくないのだろうと推測した。

「水嶋さん、女性社員の知り合い、やたら多くありません?」

テイクアウトカップに入れてもらったカフェラテを受け取って、メイズを出ながら私は半ばあきれていた。

「そう?」

「そうですよ。しかも、あんなに愛想よくニコニコできるんですね」

私には「ハムスターみたい」とか「色気がない」とか言うくせに。

「俺、女の子には優しくする主義だからねー」

水嶋さんは私をちらりと横目で見て、すました顔で言うと早歩きでエレベーターホールに向かう。

「私も一応女の子なんですけど」

「え? なに? 聞こえなーい」

「もういいです」

エレベーターが到着した。
中に乗り込んでから水嶋さんを見上げると、水嶋さんは私を見てくすくすと笑っていた。