僕は自分の頭に自信が無いのだが、大学での授業は思ったよりとっつきやすいものだった。

「まあ皆さん高校で生物を習っていた方はお分かりでしょうが、心臓はいわゆるポンプなんですね。左心室から拍出された血液は体循環をします。すなわち、酸素を沢山含んだ血液である動脈血は組織に酸素を運ぶ代わりに二酸化炭素を回収します。そして静脈系を通ってきます。」

 講義室の前列の中央あたりに座っている女子学生達はいかにも真面目といった雰囲気で、必死にメモを取りながら話を聞いている様子だ。

一方で、後ろのほうに座っている少し派手な雰囲気の学生達は数秒おきに首がガクンとうなだれるような仕草をしていたり、中には堂々と机に突っ伏している者もいる。


 この授業は解剖生理学という名称で、学科によらず一年生全員が一斉に受講するものだ。僕は無意識のうちに町田沙希を探していた。


「右心房に戻って来ますが、この時点では静脈血。右心室から静脈血が駆出され、肺で二酸化炭素を排出し酸素を取り込みます。そして、左心房へと戻ってくるのですね。こういった全身の血液循環の原動力として一定のペースで拍動しています。」 
 
 講義室全体を見回した時、ようやく前から5、6列目くらいの左側に彼女を発見した。

メモはしきりには取らずただ話を聞いており、時折何か思いついたかのように一瞬だけメモをしているようだった。

「この、一定のペースについてはまた後ほど話しましょう。はい、今日の解剖生理学はここまで。」

教授が、「ここまで。」と言い終える前に、学生達がペンを筆箱に収納したり、プリントをファイルに挟む音が聞こえた。僕は町田沙希から目をそらした。 



 「彰!隼人!飯行こう。」と話しかけてきたのは同じ学科の男子学生、原田一樹だ。 

「学食行く?それかどこか食べに行く?」と僕が言うと、一樹は、「学食でいいっしょ。」とのことだった。

先程「隼人!」と呼びかけられた荒井隼人も同意した。