八坂に聳(そび)える龍王山の奥深くにある龍神ヶ淵。

 そこには龍神が住まうと言われ、かつては疫病や飢饉を退けるために、処女の生贄を捧げる儀式が行われていた。

 今では、その血なまぐさい祭りの痕跡を消しさるかのように、龍神様は淵を下った青龍神社にお移りになったと言い訳をして、人々は滅多に淵に足を踏み入れなくなっていた。

 龍神ヶ淵から、右に下れば青龍神社。

 左に下れば龍造寺(りゅうぞうじ)。

 龍造寺も青龍神社も元々は同じ龍神に遣えていたが、今では龍造寺は真言密教の寺として確立されており、淵の主導権は青龍神社が握っていた。

 瀬戸内の穏やかな気候を象徴するような夏のはじめの風が、山に囲まれた田園を吹き渡る。

 そのど真ん中を、一体、誰が走るのか、完璧に整備された広い国道が突っ切っていた。

 明治維新以降、多くの総理大臣を排出してきたこの県ではよく見られる光景だ。

 その広さを生かして疾走していた赤い車が急ブレーキを踏む。三百キロ近く出ていたせいで、テールが激しく蛇行したが、周囲に車がいないのが幸いした。

 車内で三つの溜息が漏れる。二つは安堵によるものだったが、一つは違っていた。

「透子っ」
「透子、てめっ!」

 怒鳴りつける二人には構わずに、透子はその車独特の小さな窓に縋って言った。

「ねえ、やっぱり、挨拶くらいしといた方がよくない?」

「挨拶してどうすんだ。見合いする気か?」