店の扉を開けると彼女にはぞっとするぐらい何も無かった。

今まで私は何を見てきたのだろう?
誰と話してきたのだろう?
ちゃんと彼を見ていたのだろうか?
“彼はどんな人か”と聞かれたら何て答えるだろうかと彼女は考えてみた。

優しくて、何でも出来て、行動力があって・・・・
私には無いものを何でも持ってる人。

だから、結局私がお荷物になってしまったのだ。
邪魔で、彼には必要ないのだ。
完璧な彼には私なんか不出来で呆れるほど足手まといなのだ。

侮辱された気がした、凄く惨めだ。
二人は取り繕った関係だったのだろうか、それは何時から?
今朝キスした時?
それとも、この間抱き合った時・・・?
先週映画を見に行った時、数ヶ月前に過ごした私の誕生日の時?
その間彼はしたくもないキスをし、したくもない抱擁をし・・・。
そして、したくもないのに抱いたのだろうか?
それが彼の優しさ・・・ ?
彼女はグルグルと答えの出ない問いを巡らせていた。
まだこの心、体に彼と接した記憶が残っている。
それが彼女には悔しかった。

もっともっと、惨めになりたくてお店の外に出た。
雨に打たれてずぶ濡れになりたかった。
なのに、雨はやんでしまっていた。
あんなに降っていたのに、静けさを支配するほど。
天気にまで嘲笑われてる気分だった。
結局何処にも行けない彼女はお店の脇にある自販機の横に座り込んだ。

彼女がぼんやりしていると、お店のマスターがOPENの看板をCLOSEに変えにやって来た。
いつのまにか、随分と時間が経ってしまっていたのだ。
マスターは彼女に気付いて声を掛けた。

“隣、いいかな?”

“すまないけど、事情が聞こえてしまってね。”

寂れた喫茶店なものだから、と笑うマスター。
彼女は長居してしまって、見苦しい所を見せてしまって・・・
その事をマスターに詫びた。
その後は暫く会話も無く、何をするでもなく二人並んでいた。

“今、自分がいけなかったんだ~って、思い詰めてた。”

マスターは何気なく呟いた。
彼女はちらりとマスターの横顔を見た。
マスターは何処を見るでもない眼で“顔に書いてある”と言った。

彼女はマスターに彼との事を全部話した。
今まで彼の事をどう思っていたのか。
どういう人なのか。
どう出会ってそしてどう別れたのか。
休まず、一息に、多少混乱しておかしかったけど全部彼女は話した。

マスターは黙ってその話を聞いた。
そして彼女は一通り話し終えると少し元気になれた自分を見つける。
あとは一眠りでもすればまた新しい自分になるのだ。
生まれ変った清々しい自分に。
こんな出来た女を邪魔だと言う彼がおかしいのだと思える自分。

そして彼女は思い返すほど身勝手なアイツに怒りが込み上げた。
奮い立ってる彼女を見るマスターの顔は歳の離れた兄の様でもあり、父のようでも見えた。

マスターはこう言った。

“もう、お店も閉めるし邪魔も入らないから文句の一つでも言ってやりな。”

もう少しお店を使わせてくれると言う申し出。
“そこまでお世話になっては~”という彼女の言葉はマスターの優しさに負けて、もう少し甘える事にした。